幕間1.鋼鉄の靴

幕間1.鋼鉄の靴(1/2)

「痛っ!」


 深い山の中を歩く最中、ふとキンカは声をあげた。


 跳ねるようにして自分の足の裏を見ると、そこには小さな石ころが刺さっている。皮膚に食い込むだけで出血はしていないものの、不意に襲ってきた痛みに彼女は顔をしかめた。


「クチナシさん、ちょっと待ってほしいっス」

『……またか』


 足の裏についた小石を手で払いながら、キンカは道なき道を先導するクチナシを呼び止めた。彼女の前を歩くクチナシはため息を共に立ち止まり、振り返る。


「仕方ないじゃないっスか。ウチは靴とかそういうのを買うお金なんてなかったんスから」

『だろうな』


 ぶーぶーと文句を言うキンカに、クチナシは短く首肯した。


 身につけているものといえば、いつどこで拾ったのかも覚えていないような、真っ黒いぼろ布しかない彼女のことだ。まともな衣服を買う金など持ち合わせているはずもない。


 そんな彼女は今、クチナシとの旅に裸足で挑んでいる。その結果、一歩進むたびに草に脚に切り傷を増やされ、一歩踏み出すたびに小石に足の裏を刺される羽目に合っていた。


 キンカのふくらはぎについた無数のかすり傷を見て、クチナシはふっとほくそ笑む。


『ま、だからこそ、こういう足場の悪いルートを通ってるんだがな』

「どうしてそういう意地悪するんスかねー」


『そりゃ、お前にはいち早く旅を諦めてほしいからな。無理に置いて行こうとすれば、お前は俺のことを周りに言いふらすだろう? だったら俺の旅に着いていけないと音を上げさせればいい。お互い合意の上でなら、適当な街に置いていっても何も言わないだろう?』


「魔王のくせして、けっこう平和的な解決方法を考えてるんスね」

『そうだな。誰かさん曰く、俺はどうやら優しい魔王様らしいからな』


 キンカの皮肉に、クチナシも皮肉で返す。


 そんな彼の飄々とした態度に、キンカはぐぬぬと声を漏らし始めた。いつまでも裸足のまま旅を続けていては、いつか取り返しのつかない大怪我を負いかねない。かといって、彼との旅を諦めてしまうのは、生きることを第一に考える彼女にとっては是が非でも避けたいことだった。


 彼との旅を続けるためには、何か対策を講じる必要がある。今自分に必要なものは何か、キンカは頭をフル回転させ始めた。


 小石や草をものともしない脚を手に入れるか。あらかじめ障害となり得るものを全て排除するか。脚を守るための靴もしくはその代用品を作るのもいい。


 それを、今の手持ちの技術で実現させるためには――。


「そうだ!」


 そこで、キンカはふと閃いた。


 言うが早いが、キンカは自身の転換術を足に使い始めた。キンカの出す魔元素が彼女の両脚にまとわりつき、やがて鋼の代用品としてこの世界に形作られる。


 そうして作り上げたものは、彼女の膝丈ほどのロングブーツだった。一般的なものとは違い鋼鉄でできており、防具としての役割を果たすことしか考えていなかったのか、おしゃれとは程遠い無骨なデザインをしている。


 甲冑の膝から下をそのままもぎ取ってきたような靴を履き、キンカは鼻を鳴らした。


「これで完璧っス! なんならクチナシさんの靴よりも頑丈で、小石なんて逆に踏み潰せるっスよ!」

『そうか』


 出来たばかりの靴を意気揚々と見せびらかすキンカに、クチナシは薄い反応を返す。


 彼女の言う通り、鋼鉄のロングブーツは小石などものともしないだろうし、肌を切る草も寄せ付けないだろう。


『ま、その笑顔がいつまでもつか楽しみだな』

「え?」


 だが、彼女の案は根本的な問題が解決できていない。クチナシはそれを黙ったまま、ぷいと進行方向に向き直した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る