2.かかってこい晩飯!(4/4)

 だからこそ、歳の割には、と評価したのだ。


『そして確信した。やっぱりお前は旅についてくるな』

「なんでっスか! 言われた通りきっちりと晩飯には勝ったんスよ!?」

『ああ、あれは最低限必要になるって意味だ。あれで喜んでいられるようじゃまだ足りないんだよ』


 ふくれっ面になるキンカに、クチナシはさらに続ける。


『いいか? 昼にも言った通り俺は魔王に当たる存在だ。ならば当然、この先いずれは勇者様と敵対することになる。そうなった場合、お前じゃどうあがいても力不足なんだよ』


 クチナシは、キンカとの戦闘に敗れた猪の魔獣の死骸を見た。転換術で造りだされた武器の数々はとっくに消失し、あとには真っ二つに裂けた土や穴だらけになった魔獣の体だけが残されている。


『まず魔元素の転換スピードが遅い。最後の刃が特に顕著だが、巨大なものであればあるほど時間が掛かりすぎている。今回はその遅さをカバーするために鎖を使ったが、相手がいつもその鎖に絡めとられてくれるとは限らない』


 クチナシは一本ずつ立てながら、順番にキンカへの改善点を挙げていく。


『最初の槍衾もそうだ。ただの突進程度で折られているような強度では弱すぎるというのもそうだが、何より、もしもあれで突進の勢いを殺しきれていなかったら、あるいはそもそも躱されていたら、その時点でお前はほぼ手詰まりになっていたぞ』


 転換術の技量不足と、キンカ自身の戦闘経験不足。


 クチナシが語る内容は、明らかに十歳そこそこの少女に求めるレベルを超えていた。当然それは彼も分かってはいるが、だからといってキンカが弱いままでいい理由にはなり得ない。


「そんなに差があるんスか……」


『そんなに差があるから言っている。同じ規模の転換術なら、転換スピードの差で奴らに先手を取られる。防具を作ったところで、あいつらの攻撃を一回防ぎ切れるかどうかも怪しいな。正直、今のままなら勇者どころか、あいつの取り巻きにすら勝てる見込みはない』


 クチナシの話を聴き終えて、キンカは愕然とした表情を見せて俯いた。


 事実、神話で語り継がれるような勇者が、それ相応の実力者であることは間違いない。それだけでも十分すぎるほどの脅威だというのに、今回の勇者は魔王討伐のために、王都でも有数の実力者とされる三人の女性達とパーティを結成したという。


 そんな彼らに、ただの小さな子供でしかないキンカに付け入る隙はない。


 そして、彼らの実力に追いつける日も、おそらく来ない。


 もはや口にするまでもなく、クチナシの見解はキンカにも伝わっただろう。


「つまり、ウチがもっと強くなればいいんスよね?」


 だが、それを聴いてキンカが出した答えは、ずいぶん単純なものだった。


『……お前、人の話を本当に聴いていたか?』

「そりゃもちろんっスよ。今のウチのどこがだめなのかは分かったっス。なら次は、そのだめなところを直せばいいじゃないんスか?」


『それはそうだが理想論が過ぎる。第一、お前ごときが今から多少頑張ったところで、あいつらに勝てるとでも本気で思っているのか?』

「別に勝てなくてもいいじゃないっスか」


 ぱっと顔を上げて言い放たれたキンカの、その突拍子もない言葉に、クチナシの体は思わず固まった。


 彼女の表情からは、暗さや負の感情が一切感じられない。もう事実を事実として呑み込んだのか。それともいっそ開き直ったか。とにかく、そのあまりの切り替えの早さに驚かされた。


「クチナシさんがなんで旅をしているのかも、なんで王都を目指しているのかも、ウチは正直知らないっス。けど、クチナシさんは何も悪いことをしてないってことも分かります。だったら、別に勇者様と戦わなきゃいけないわけじゃないんスかね?」


 キンカの話を聴いているうちに、クチナシは彼女と自分との間にある、決定的な認識のズレに気が付いた。


 思えばキンカは、神話の中で語られる勇者様しか知らない。


 彼女達人間の立場からすれば、勇者は悪をくじき正義をなす、心優しい人物なのだろう。


 きっと、それは大部分では間違ってはいない。


 ただ、その優しさを受け取る権利が、人間にしかないというだけの話だ。ましてや相手が魔王ならば、勇者に戦う以外の選択肢などありはしない。


 なにせ魔王は、存在そのものが悪であると、相場が決まっているものなのだから。


 庭に作った小さな畑を耕し、勉学や転換術を教わり、紅茶を嗜みながら他愛のない話に花を咲かせる。そんな静かで、穏やかに過ぎていく日々を望む魔王がいたとしても、勇者はそれを決して許さない。


 ――幸せになりなよ。クチナシ。


 ふと、先生から言われた言葉が、クチナシの脳裏をよぎった。


「クチナシさん?」


 突然黙り込んだクチナシの顔をキンカが覗き込む。まっすぐに見つめるキンカの金の瞳が、たき火に照らされて煌々と輝いている。


 彼女と目が合って、クチナシははっと我に返った。首を軽く降って浮かんできた記憶を頭から追い払う。


『ああもう、もういい、飯にするぞ』


 ぶっきらぼうにキンカを突き放し、彼女が仕留めた獲物を解体するため、クチナシは重い腰を上げた。

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