3.ヒカガミ商会護衛任務 前編
3.ヒカガミ商会護衛任務 前編(1/6)
ヒカガミは目立った名産品も観光地もない、いたって普通の山あいの街だった。
キンカの故郷であるカカットを出てから数日、二人はひたすら森の中をさまよい歩いていた。クチナシは道なき道を歩き続けることで、キンカに旅の同行を諦めさせるつもりだったが、当の彼女があっさりと山歩きに順応してしまったせいで失敗に終わってしまった。
密集した木々が開けたその先の、遥か遠くに小さく見えるヒカガミの街を指さし笑うキンカに、クチナシは思わず天を仰ぎ見たものだ。
キンカとクチナシが街の玄関口となる南門をくぐると、人々の憩いの場となる公園広場が二人を出迎えた。広場から北へまっすぐ伸びる中央通りを挟むように、木造の建物が規則正しく並んでいる。土色やオレンジといった瓦屋根が向かいの建物と無数の紐で橋渡しされ、その間で洗濯物が気持ちよさそうに風に揺られていた。
中央通りを適当に歩くクチナシの後に続くキンカは、そんなヒカガミの日常風景に目を輝かせながら、無言のまま前を歩くクチナシに声をかけた。
「クチナシさん。街に着いたのはいいんスけど、まずは何するんスか?」
『まずは多少なり金を稼ぎたいな。カカットで手持ちはいくらか増やせたが、まだ余裕があるわけじゃない』
「ここまでほとんどお金使ってなかったのに、まだ足りないんスか?」
クチナシの言葉に、キンカは首を傾げる。
食べものが欲しければ魔獣を狩り、水が欲しければ近くの河を探し当て、大抵のことを自分達の力だけで賄ってきた二人は、結局人攫いの男達から巻き上げた財布を使うことなくヒカガミまでやってきた。
同じようにすれば、おそらく今後も出費はかなり抑えることができるはずだ。それにも関わらず、クチナシが金銭を欲しがっていることを不思議に思い、キンカはその疑問を投げかける。
キンカの質問に、クチナシは横を歩く彼女を見ることなく返答した。
『足りないというよりは、何かあった時のための保険が欲しいだけだ。金はあるに越したことはない』
「なるほど、確かにそうっスね。ってことはまた、この前みたいに悪い人を探してぶっ飛ばすんスか?」
『そうしたいところだが、今この辺りにそれらしき奴は見当たらないな』
「それは残念」
悪人がいないことを残念がるのはどうかとクチナシは思ったが、気持ちよくぶっ飛ばせる相手を探しているのは自分も一緒だったので、何も言わないことにした。
「それじゃ、どうやってお金を稼ぐんスか?」
『一応、手持ちの道具を売って金にするという手はあるな。狩ってきた魔獣を素材として売買する職業もあると聞く』
「ああ、それでこの前の魔獣から色々剥ぎ取ってたんスか」
クチナシの言葉に、キンカは以前自分が仕留めた猪の魔獣のことを思い返す。
魔獣の肉を食べるために狩りを行った二人だったが、猪の魔獣を解体している時に、クチナシは魔獣の牙や革も一緒に剥ぎ取っていた。
そんな稼ぎ方があったのなら、もっと早く知りたかったと、キンカは心の中で臍を噛んだ。
『ま、どうせ大した金額にはならんだろうがな』
「え、なんで!?」
『そもそも魔獣の肉が目当てだった上に、俺達二人して魔獣の解体に不慣れだったろう? こんなぼろぼろの毛皮に大した価値なんてつかねえよ』
多少無理やりにとはいえ、根元から引き抜いた牙はまだマシな方だが、それだけでは足りないとクチナシは補足し、結局、この街での資金調達は諦めると話題を締めくくった。
その言葉に納得がいかないキンカは、少し唸って考えた後、クチナシがあえて避けていた方法を提示する。
「……いや、お金を稼ぎたいのなら、やっぱりちゃんとしたところで働くのが一番手っ取り早いんじゃないんスか?」
『そんな時間は俺にはない。第一、俺は目立ちたくないんだよ』
「いやいや、もしかしたら、次の街に向かいつつできる仕事があるかもしれないじゃないっスか。それに、仕事しただけで目立つとも限りませんし。何もしないうちからあれこれ難癖つけて、結局やらないってのはもったいないっスよ。あ、すいませーん」
そういうが否や、キンカはちょうど目の前の建物から出てきた女性に声を掛けた。
油っけのない黒い髪を後頭部で一つに括り、簡素な布の服を身にまとう彼女は、キンカの声に反応してこちらを向いた。
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