10.二人のけじめ(5/10)

『待たせた』

「いいよ。俺もみんなに謝ってたところだった」


 彼の背後では、パーティの三人が不満そうな表情でこちらを見ていた。


 魔王討伐のために勇者とともに行動していたはずなのに、いざ魔王と対峙するとなった時、勇者は自分一人で魔王の相手をすると言ってきたのだ。


 明らかに動揺を隠せないでいる三人は、勇者になにか吹き込んだであろうメイガンをきっと睨みつけていた。先ほどまで謝っていたというのは、おそらくその説得をしていたということなのだろう。


 お互い話は済んだ。ならばあとは、やることは一つだけだ。


『じゃあ、始めるとするか』

「ああ、いつでも来いよ」


 お互い身構える。体に力が入る。


 言葉もなく、始まりの合図もなく、戦いの火ぶたは突然切って落とされた。


 クチナシはまず《身体強化》と《炸裂》で後方に跳んで勇者と距離をとる。続けざまに空中へと舞い上がり、勇者目掛けて種をばらまいていく。


 勇者に降り注ぐ種をクチナシが一斉に起爆した。足元の仮説ステージごとばらばらにする勢いで放たれた攻撃は、もうもうと煙を上げて勇者を爆散させた。


 ――はずがない。


 《感知》で煙の中を認識できるクチナシは空中で身構えた。《光刃》を盾にして爆撃を防ぎ切った勇者が仕掛けてくる。


 《炸裂》の反動で空を舞うクチナシを追いかけて、勇者は巨大な剣を一本転換し、その刃の腹に乗って空を飛んだ。弾丸のように一直線に飛んでいく勇者がクチナシに接近すると、さらに追加した剣を足場に飛び石のようにクチナシに詰め寄り、手にした一本の剣で切りかかる。


 クチナシもそれに反応し勇者の一閃を躱すと、なおも周囲に出来上がる《光刃》の足場を見ながら悪態をついた。


『お前、この前まで魔元素量のごり押ししかしてこなかったくせに、今日はずいぶん趣向を凝らすんだな』

「『君の転換術には芸がない』ってメイガンさんに指摘してもらってな。《光刃―波乗なみのり―》。もう空の上がお前の独壇場だと思うなよ?」

『確かに先生ならそう言いそうだ。おかげで面倒なことこの上ない!』


 クチナシは剣の間合いから外れるために、腕を真横に薙ぎながら、手のひらから小規模の《炸裂》を転換する。


 勇者が光の剣で爆発を受けると、その隙を突いてクチナシがもう一方の手から大規模の《炸裂》を使用し、攻撃と離脱を同時に図る。


 だが、勇者もそれを読んでいた。後方に飛んだクチナシの背後に《光刃》を転換し退路を塞ぐ。クチナシが舌打ちとともに静止すると同時に、勇者はクチナシまで一直線に足場を転換し、手にした剣を振るいながら突進した。


 クチナシは体制を整え、背後に出現した《光刃》に垂直に、まるで壁に立つかのように剣の腹に足をつけると、足の裏で爆発を引き起こし勇者に急接近した。


 剣の間合いに入ってしまえば勇者に分があるが、二人の距離があまりに近すぎれば逆に剣を振るうことは難しくなる。一方、クチナシ《炸裂》は自爆の恐れこそあるものの、零距離からでも攻撃ができる。


 勇者の剣が振り下ろされる直前、突き飛ばすような勢いでクチナシの体が勇者にぶつかる。そのままダメ押しにクチナシは《炸裂》で勇者を《光刃》の足場から引きはがした。


(飛べるようになったとはいえ、こいつのはあくまで剣に乗っているだけ。それから引きはがせば自由に飛べる俺の方に分がある!)


 ここぞとばかりに、クチナシは勇者に一斉爆撃を浴びせかけた。《光刃―波乗―》がなければまともに空中を動けない彼に、機動力を再展開させる隙だけは与える訳にはいかない。


 勇者もクチナシからの攻撃を最低限防ぎつつ、落下しながらもクチナシに向けて《光刃》を放つ。足場を作る隙を与えようとしないクチナシを逆に攻撃することで、転換術を防御に使わせ攻め手を減らし、時間を作る。


 そのはずだった。


(前後左右上下全方位。すべてのところからランダムに攻撃を撃ってんだぞ。なんでこうも正確に撃ち落としながら攻撃に転じられるんだよ!)


 勇者も、そしてクチナシにも意外だった。メイガンからは過去これまでずっと、転換術の出力を抑えられているとは聴いていたが、その枷が外されるとこうなるのかと戦いながら思っていた。


 《炸裂》の威力と数は当然増えた。いつまでも戦えそうなほどの魔元素量から、高火力の技を何度でも展開できる。


 そして真に驚くべきは《感知》の精度だ。範囲こそ広がることはなかったものの、元々死角のなかった範囲内でのありとあらゆるものの挙動が、髪の毛一本に至るまで感じ取れる。


 その結果クチナシは、勇者が転換した《光刃》の切っ先が現れた瞬間に反応し、剣が完全に作り上げられる前に《炸裂》で撃ち落とせるほどに反応速度が上がっていた。

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