6.魔王の過去語り(10/15)

「さて、今日の稽古はここまでだ。《炸裂》による空中機動はもう少し細かい動きができるようになれば文句なし。周囲も《感知》でよく見ている。あとは攻め手が単調なことと、攻め切れないと分かるとすぐに焦って前のめりになりすぎる癖は早く治すべきだね」


『ありがとうございました。……いつになったら先生に勝てるんだ……』


 クチナシは地面に仰向けに大の字になって転がり、憎たらしいくらいに澄み切った青空を睨みつけながらぼやいた。


 転換術の訓練として、クチナシはメイガンから戦闘の稽古をつけられていた。


 魔王としての仕様で、クチナシが扱える魔元素の量は年々増していった。今や一般人とは比較にならないほどの魔元素量を保持し、正面切っての戦闘では敵う相手はそういないだろう。


 だが、どうしてかメイガンにだけは、この十年間一度だって勝ったことがなかった。ほうきに腰かけ空中をくらげのように浮遊するメイガンに、クチナシの攻撃はことごとく受け流され、指揮者のように振るわれる杖から放たれるメイガンの攻撃は、全て確実にクチナシを捉えた。


「まったくその通りさ。曲がりなりにも君は魔王なんだよ? 魔元素量だけは圧倒しているんだ。私程度で躓いていちゃ話にならないよ」

『先生は戦い方が上手すぎるんですって……。毎回俺の攻撃を完璧にいなしてくるじゃないですか』


「クチナシはもう少し小技を覚えた方がいい。せっかく《炸裂》を種の形にして、自由なタイミングで爆発するようにしたというのに、いつも相手に向けて一直線に放つだけじゃないか。それじゃすぐに相手に読まれるし、なにより勿体ない。もっと工夫を凝らさないと」


『……次回までに対策を考えてみます』


 メイガンとの戦闘訓練を行うたび、自分の力不足を痛感する。《魂魄操作》や《方向転換》といったように、メイガンは戦闘向きの転換術をあまり使わない。それでも彼女に勝てないのは、転換術の使い方の幅と練度が違い過ぎるからだと分かっていた。


 クチナシはむくりと起き上がり、今言われた課題をどう克服するか考え始める。《炸裂》はクチナシの任意のタイミングで爆発させられる。ならば地雷のような使い方も可能なはずだ。基本的に宙に浮きながら戦闘を行うメイガンにどれだけの効果があるかはまだ分からないが、攻め手の一つとしてもいいかもしれない。


「さて、傷がないか確認するよ。椅子に座って服を脱ぎな」

『あ、それについて少し見てもらいたいものがあるんですが、いいですか?』


 メイガンが不思議そうに見つめる中、クチナシは庭に置かれた椅子に座って上着を脱いだ。クチナシの体には、稽古でついたほつれや傷があちこちにつけられている。


 稽古の終わりにメイガンがそれを修繕するのがいつもの流れだったのだが、クチナシは一度それを制して転換術を発動させた。すると、魔元素によって作られた繊維が傷やほつれに絡んでいき、少しずつではあるが傷が直っていく。


「《治癒》。いや、《修復》かい?」

『ええ、人間の体なら多少の傷は勝手に治りますが、俺の場合はそうもいきませんからね。藁の体なのでそこまで難しくはありませんし、使えるようになって損はないかなと』


「ということは、私はもうお役御免かい?」

『い、いや、そういうことを言いたかったわけじゃ――』


 クチナシが慌てた様子を見せると、メイガンはいたずらっぽく笑ってみせる。


「冗談さ。確かに自力で傷を直せる術はあった方がいい。いつの間に習得したんだい?」

『見せられるくらいに上達したのはつい最近です。それにしても、驚かさないでくださいよ』

「はは、すまなかったね」


 椅子に座るクチナシの頭を、メイガンは後ろからわしゃわしゃと撫でる。


 クチナシもされるがままに頭を撫でられ続けていたが、ふとメイガンが何も言わなくなったことに気が付いた。


『先生? どうかしましたか?』


 メイガンがふと考え事をしていたことに気付いて、クチナシがたずねる。彼女が考え事を始めるのは別段珍しいことでもないが、今の雑談の中に考えることがあったとは思えなかった。


「何でもないさ。ただちょっと、君がうちに来てから、ずいぶん長い時間が経ったなと思ってね」

『そういえば、あれからもう十年くらいでしょうか。言葉にすれば長いですが、思ったよりもあっという間でしたね』

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