6.魔王の過去語り(9/15)
『先生と出会った経緯についてはこんな具合か』
ひとしきり話したクチナシは、膝の上で面食らっているキンカの様子を窺った。
自分の過去について話す以上、メイガンの名前を出さないわけにはいかなかった。そこまではいいのだが、さすがに彼女の持論まで持ち出すのは話しすぎだろうか。
キンカはクチナシが魔王であることを知りながら、それでも生きるために彼と行動を共にするだけの一般人だ。勇者と魔王についての常識も、当人達が持つものとは全く異なっている。それを突然壊すような話をされて、混乱しないはずがない。
「いや、その、なんというか……」
キンカが言い澱み、それから一瞬間をおいて一気にまくしたてる。
「クチナシさんにも、子供時代があったんスね……」
『いやちょっと待て。ここまで聴いた感想がそれか』
「クチナシさんは生まれた時からクチナシさんかなーって思ってたので……。ていうか、つまりクチナシさんって、あの勇者様と同い年ってことになるんスよね」
『そうなるな』
「確か勇者様ってそんな歳いってなかったと思うんスけど、クチナシさんって今いくつなんスか?」
『今年で十六』
「若っ!」
想像していた年齢との食い違いに、思わず叫ぶ。
十六歳といえば、去年成人したばかりということになるではないか。
『若ってお前。なら今まで俺のこといくつくらいだと思ってたんだよ』
「細かいところまでは考えてなかったんスけど、だいたい三、四十はいってそうかなと……」
『行き過ぎだ。実年齢の倍はあるじゃないか』
「だってクチナシさん。見た目からいくつなんて分かりようもないし、何より話し方とか性格とか、どう考えても十代のそれじゃないっスよ!?」
『あのなあ……』
そんなはずがないだろうとクチナシはため息を吐いた。自分だって変わる時は変わる。いつまでも同じなままでいられることの方が少ない。
と考えたところで、ふとメイガンの顔が頭をよぎった。
思えば自分も先ほどのキンカのように、彼女のことを変わらぬ人だと認識していた。だが、思えば彼女にも幼い頃があり、それがいつの間にかあのような偏屈な性格になったのだ。
次に会った時は、その手の話題を振ってみてもいいかもしれない。
もしも彼女が、まだ生きているのならば。
「……クチナシさん?」
『ああ、すまん、少し呆けていた』
少しばかり黙りこくっているところをキンカに呼ばれ、ふと我に返った。
どうも最近彼女は、クチナシのあるはずのない表情を読み取ることが増えた気がする。今も彼の顔を見る彼女は、何を考えているのか不思議そうに見つめている顔をしていた。
『とはいえ、本当に大丈夫なのか? 憶測とはいえ、これまでお前が思い描いていた勇者と魔王の印象を壊したも同然な話だったんだぞ?』
「その辺はウチも驚きはしたっスけど……、まあ、そんなもんかって」
『そんなもんって、どういうもんだよ』
「いやー、だって、今まで聴いていた魔王の話と、クチナシさんってどうも印象が違ってたんスんよね。だから、クチナシさんの話を聴いてむしろ納得したっス」
『……そんなすんなりと受け入れられるもんなのか』
「だってクチナシさん。嘘つかないでしょ?」
言いかけた言葉が、キンカの一言で引っ込められた。こざかしいことは苦手としているから、嘘やごまかしでどうこうしようとすることはないが、それが積み重なってここまで信頼されるとは思ってもみなかった。
『随分信頼してるじゃないか。こんな得体の知れない輩だっていうのに』
「そりゃクチナシさんのことは全然知らないっスけど、それでもちょっとくらいなら知ってるつもりっスから」
『そうか。なら教えてもらおうか。俺は一体どういうやつだ?』
「クチナシさんは、やっぱりいい人っス」
『……前にもそう言ってたな』
彼女と最初に出会った時に言われた言葉と同じ言葉を、キンカはもう一度口にした。あの時のクチナシは、彼女のその言葉に激昂したものだ。
『いい人、か』
生まれて初めて告げられた言葉を、クチナシもぽつりと呟いてみる。
果たして自分は本当にそういう存在なのか、本当にそう思っていいのか、彼女の言葉がまだ飲み込み切れずに引っかかる。
「……クチナシさん?」
『ああ、悪い。また考え事をしていた』
またもや黙ってしまったクチナシにキンカが声をかけ、時が繰り返したかのようにクチナシが我に返る。
不意に浮かんだ考えを頭から振り払い、クチナシはまた自分の過去について語り始めた。そしてここからが、クチナシが旅を始めるきっかけへと繋がっていく。
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