6.魔王の過去語り(8/15)
「話が逸れたが、どちらか一方がこの世からいなくなることで、魂の共鳴は行われなくなる」
つまり、魔王が死んだ時点で、勇者にも特別な力が備わることがなくなる。
特別な力もなければ、倒すべき魔王もいないから、勇者はただの一般人の中に埋もれていく。
クチナシの中で、メイガンの二つの話が結びついた。
だが、それでも疑問が尽きることはない。
『いやでも、勇者には前世の記憶はあるんですよね?』
「あるだろうね。だが、そんな小さな子供の可愛らしい戯言を、一体誰が真に受けるというんだい? 前世の記憶だとか今の自分は本当の自分ではないだとか、そんなことを言う子供なんてそう珍しくもないし、本人も前世の記憶を持っていることが普通ではないことくらいすぐに自覚するさ。その内何かの思い違いと勝手に解釈して、なかったことになる」
そして、勇者に成り損なった別世界の生まれ変わりは、そのままただの一般人としてその一生を終える。
それを聴いて、クチナシはどうにもやるせない気持ちになった。
だとしたら、魔王の成り損ない達は、一体なんのために体を奪われたのか。
そこまで考えて、ふとクチナシは思い出す。今回魔王となる自分は、メイガンの手により生き延びることができた。ということは、この先、自分の体を奪った誰かと、自分はいずれ勇者と魔王となるのではないか。
それを察して、メイガンはクチナシの考えを見透かしたように答えた。
「君の思う通り、君の体を奪った誰かは、いずれ間違いなく勇者となって君の前に姿を現すことになるだろうね」
『ということは、そいつとはいずれ戦うことになる、んですよね……。』
「だろうね。この国では魔王はこの国を亡ぼす災厄と語られている。話し合いでどうこうなるどころか、そもそも話し合いに応じてくれるかも怪しいね」
『なら、今のうちに先生のこの研究成果を国に持ち込んで、魔王がどういう存在かを伝えれば――』
「残念ながら、それも無理だ。奇妙なことを研究しているただの魔女の言うことなど誰も信じやしないさ。最悪、魔王に加担する狂信者として処分される可能性も十分あり得る」
諦めにも似た彼女の言葉に、クチナシは苛立ちを隠せなかった。
『……なら、先生は自分の研究も無意味だというんですか。何のために先生はこの研究をしているんですか』
「無意味ではないよ。ただ、協力者が現れるなんて都合のいいことを考えちゃいないから、この研究は私一人ですべて背負うつもりでいるというだけさ。私は勇者が嫌いだからね。この仕組みを解明することが、勇者と魔王がこの先永遠に現れなくなるきっかけになるのなら万々歳さ。あと、道半ばで意味を語るのは野暮ってものだよ」
閉じて開いてを二、三度繰り返す手を見つめながら、メイガンは呟いた。
時々彼女の瞳は、ここではないどこかを映すことがある。彼女の過去は聴いたことはなかったが、勇者と魔王について調べ、あまつさえ存在を否定しようとする彼女のことだ。尋常な生き方はしていないことくらいは容易に想像がつく。
だが、最近はそういう目をすることは少なくなっていた。今も数秒間を空けた後で、すぐさまメイガンは顔を上げ、その瞳は正面で自分を見つめるクチナシを写し取る。
「だからこそ、今日君が私の話を聴いてくれたことは嬉しく思っているのだよ?」
ふっと笑って、メイガンは右手を伸ばし、クチナシの頭を撫でた。
不思議と拒む気にはなれなかった。そっと触れる彼女の手を振りほどいたことは一度だってない。そのおかげか、初めはぎこちなかった彼女の手つきも、今や随分手慣れたものになった。
ただ、今の自分と昔の誰か、その両方を見ながら生きる彼女に無性に苛立って、見ず知らずの誰かに嫉妬しているのも事実だった。
「それに、私が生きているうちに勇者と魔王が現れ、あまつさえ魔王に私の理論を知ってもらえた。これから何かを変えられる可能性だって十分にあり得るんだ。良いことは少ないかもしれないけれど、決して悪いことばかりでもないんだよ」
そう、メイガンは締めくくった。
たまに魔獣の狩りや街への買い出しに出かけ、特異な自分の体の隠し方を身につける。あって損はないだろうと転換術の手ほどきを受ける。そんな生活が始まって、およそ十年。
いつしか彼女との生活こそが、クチナシにとっての当たり前になっていった。
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