6.魔王の過去語り(7/15)

 それからおよそ十年間、クチナシはメイガンの元で静かに暮らしていた。


 朝は早くに起きて畑を耕し、昼にメイガンか文字や計算を学び、夜は思い思いに本を読んだり談笑に耽ったりして眠りにつく。


 もう忘れてしまった方がいいと、人間だったころの名前はその時に捨てた。名無しとなった少年に、メイガンは庭に咲いていた白い花を目にしながら、彼にクチナシという新しい名前を与えた。


 勇者と魔王についての話も、教養のうちと教わった。かつてこれまで魔王について誰も調べようともしなかったおかげで、彼女の持論は現在唯一の魔王についての研究となっている。


「まずは勇者と魔王というものについて、現時点での私の見解を述べておこうか」

『お願いします』


 紅茶のカップが並んだテーブルを挟んで向かい合い、メイガンが話し始める。


「まず勇者とは別世界の人間の魂をこちらの世界に引きずり込みこちらの人間の体をあてがって作られたもので転生とか生まれ変わりだとか表現のしようは数あれどようするにこちらの世界で第二の人生を歩まされた人間と表現する方が適切だな。彼らの魂をどうやってこちらの世界に連れ込んだかという話なのだが別世界には転換術やそれに類する技術はなく不慮の事故により天寿を全うできずに死ぬことによって魂への損傷を最小限に済ませつつ体だけを殺すことで魂を引き剥がしていることまでは分かっているのだけれど残念ながらその魂をいかにしてこちらの世界に持ち込んでいるのかはまだ不明で――」


『先生、長い、長いです』


 区切りのよさそうなところで、一度クチナシはメイガンの話を遮った。手短に終わるような話ではないとは思っていたが、まさかここまで立て続けに語られ続けるとは思わなかった。


「おや、それはすまなかったね。私の研究成果を誰かに聴かせる機会なんてなかったから、つい張り切ってしまった」


 全く反省していなさそうな謝罪の言葉を口にしてメイガンは笑う。紅茶を一口すすり、また話を続ける。


「まあ、とはいえ後は簡単さ。こちらにやってきた別世界の人間の魂が、こちらの世界の人間の体を乗っ取るんだ。そうして元の体を追い出された魂がどうなるかは、君もよく知っているだろう?」


 メイガンの言葉にクチナシは頷く。五感を奪われ、訳の分からないまま暗闇に放り出されたあの状況をふと思い返す。


「今回は私があてがったが、本来はあの状況から自力で新しい体を作り出す必要がある。そうやって生き延びた魂が、後に魔王と呼ばれる存在さ」


『でも、あの状況から体を作り出すなんて、そうそうできるとは思えないのですが……』

「だからこそ、勇者と魔王が数十年から数百年に一度しか現れないんだろう」


 さらりと口にした彼女の言葉の意味を理解して、クチナシは身震いした。


 自分達が知っているよりもはるかに、魔王に成り損なった魂は存在し、そして、人知れず消えていったのだろう。


『でも、その理屈だと勇者は生きているはずですよね? 魔王はともかく、勇者の数が少ないのはおかしいのでは?』

「いいところに気が付いたね。それについては次の話に繋がっていくのさ」


 弓張り月ばりに口角を上げて不気味に笑うメイガンを見て、クチナシは少し嬉しくなった。


「それで、次の話というのが、勇者と魔王がどうして一般人よりも膨大な魔元素量を保持し、強い転換術を行使できるのかについて、だ」


 勇者だから、魔王だからで済ませていたが、メイガンの話を踏まえて改めて考えて直してみればおかしい話だ。なにせ彼らは、ただ体の奪い合いをしただけで、他に特別なことはしていない。


「ここからは推測になるんだが、勇者と魔王はお互いの体と魂をすげかえた影響で、お互いの魂が共鳴し合う状態にあるんだ。それが相互に作用しあうことで魔元素量が増え続け、結果特別な力を持つことになる」


『魂の共鳴、ですか』

「意味が分からないといった雰囲気だが、分からなくても仕方ないさ。なにせ状況証拠だけで組み上げた憶測でしかないし、正しい保証も存在しないからね」


 クチナシはメイガンの説明に頷いて反応する。ただでさえ彼女ほど物分かりはよくないと自覚している上に、そんな突拍子もない話をされても理解できる気すらしない。

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