6.魔王の過去語り(11/15)

 感慨深く言ったメイガンの言葉に、クチナシはふと《感知》で周囲の様子を一望した。


 彼女の頭を撫でるその手つきは、とっくにぎこちなさを失っている。


 元々古びた小屋だったが、改めて観察すると昔よりもさらにぼろぼろになってしまっている。壊れた箇所を修繕した跡が目立ち、あちこちつぎはぎだらけだ。


 猫の額ほどの小さな畑は倍以上に広くなり、何もなかった殺風景な庭には二人分の椅子とテーブルが設置され、晴れた日には庭に出て茶を嗜むことも増えた。


 もはや本当の家も親の顔も記憶から押し出されてしまうほどに、そして、それを全く悲しいと思わないほどに、メイガンと過ごした十年は充実していた。


「あんな小さな子供がこんなに大きくなるもんだからねえ。とはいえ、体の大きさは一切変わらないのだけれども」

『馬鹿にしているんですか。それとも子供の頃の俺の方がよかったですか』

「いやいや、君の成長を感じられて、私は嬉しいよ」

『そ、そうですか……』


 こういう時、メイガンは嘘を言わない。


 風貌も語り草もうさん臭さに溢れた彼女が、実は嘘を言わないことは信じられにくいことなのかもしれない。だが、普段からともに過ごしているクチナシにとっては、むしろここまで正直で素直な人もそういないと思っている。


 たとえその言葉が、どれだけ気恥ずかしいものであっても例外ではない。むしろ言われた側の方が照れてしまいそうなほどに、彼女はある意味で誰よりもまっすぐに対応してくれるのだ。


 メイガンがクチナシの体をじっくりと見回して、《修復》の転換術の完成度を確認する。まだ若干のほつれこそ残っているものの、さほど問題はないだろうとメイガンの判断に安堵して、クチナシは服を着直した。


 その途中で、ふとクチナシの手が止まった。


「どうかしたのかい?」

『いや、その、来客? でしょうか。こちらに向かってくる四人組を《感知》しました』

「ほう、それは珍しいね。ただ、それが何か問題あったかい?」


 メイガンに諭され、クチナシは今も感じ続けている正体不明の違和感を口にする。


『なんといいますか……。こう、胸の内から何かがこみ上げてくるような感じがしまして……。すみません、今まで感じたことのないものなので、上手く言葉に表せないのですが――』

「クチナシ、それ以上しゃべるな」


 メイガンの目の色が変わった。


 声色も先ほどまでのつかみどころのないものではない、有無を言わせぬ緊張感に溢れている。


 メイガンはクチナシの頭に手を置いて、一呼吸入れた後、ゆっくりと彼に言い聞かせた。


「いいかい。これからやってくる客の顔と、彼らと私の話を決して忘れるな」


 頭に置かれた手から、クチナシの魔力が一気に吸われていくのを感じ、クチナシは驚いた。理由を問おうにも声が出せず、気づけば指一本動かせなくなり、クチナシは力なくだらりと椅子の上でぐったりとしていた。


「魔元素使用権はく奪。静止命令付与。転換術の代理行使権限――」

『せ、んせ。……にを』

「保険さ。しばらく一切の反応ができないよう色々と命令させてもらった。あとついでに、君の転換術もいくらか借りていくよ」

『……』


 メイガンが言っている間に、クチナシの体は指一本動かせなくなり、《意思疎通》すらまともに働かせられない状態にされていた。


「黙っていたけれど、私の《魂魄操作》の本質は、死者の魂の隷属化にある。君が今まで稽古中、魔元素量でのごり押しができなかったのも、一度に使用できる魔元素の量にある程度の制限をかけていたからさ」


 もはやただのかかしと遜色ないクチナシに対し、メイガンは申し訳なさそうに説明した。


 いつだって本気で自分を倒そうと、成長を止めなかったクチナシに、今までずっとズルをし続けていた。


「とはいえ、この分だとひと月もあれば体の自由は取り戻せるか。転換術の弱体化は残せるだろうが、それも少しのきっかけで外されるかな。……これでもけっこう、本気で命令したつもりなんだがね」


 成長したねとぽろりと呟いて、メイガンが微笑んだ。


「それじゃ、最後に……そうだな」


 微笑んだかと思えば、まるで何事もなかったかのような顔をして少し考え込み、メイガンはそっと耳打ちした。


「幸せになりなよ、クチナシ」


 言っている意味が分からない。これではまるで最後の別れみたいじゃないか。


 なぜ先生は、そのことを確信している。


 第一、ここに向かっている来客とは一体なんなんだ。

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