6.魔王の過去語り(5/15)

 確か自分は、友人達と一緒に王都の河で遊んでいたはずだ。河の水を掛け合ったり、水切りの上手さを競い合ったりしていた。


 それが突然、少年は息のできない真っ暗闇に放り込まれ、冷たい感覚に身を押し流された。何が起きたのか自分でもよく分からないまま、その時はそのまま意識を手放した。


 次に気付いた時は、先ほどまでの騒々しさはどこにもなく、ただ静かな暗闇の中にいた。


 寒い、気がする。


 痛い、のだと思う。


 何も見えないし、聞こえない。触れた感覚もなければ、時間の感覚も曖昧だ。


 だから気がするだけ。だからそう思うだけ。


 だから、とっくに人の形を無くしていることにすら気付けない。


 そんな状態で長い時間、何もない世界をさまよい続けているうちに、急に視界が広がった。


 そして次に目が覚めた時に、彼女と出会った。


 たどたどしい言葉でなんとかそれだけ伝えきった少年は、慣れない転換術を使い続けて疲弊しきっていた。体の疲れは全くない代わりに、心がずいぶんすり減ってしまった気がする。ベッドに腰かけたままぐったりと肩を落とす少年に、話を聴いていた彼女は顎に手を当てて考え込み始めた。


「……なるほど、最初の河のくだりがこの子の死因で、その先はおそらく魂だけになった状態の時だな。よく思い出し、よく言ってくれた」


 そう言って、女性はもう一度少年の頭を撫でる。先ほどよりも少しだけ、手つきが優しくなっていた。


「さて、そこまで頑張ってくれた君に、私は今の状況を説明しなければいけない。おそらく、君にとっていいことではないだろうが、どうか受け止めておくれ」


 彼女は少年に肩を貸すと、そのまま彼を立ち上がらせ、小屋にある鏡台の前に連れて行った。近くに会った椅子を引き寄せて少年を座らせ、彼に鏡台に映る自身の姿を見せる。


『何、これ……』


 少年はそれを見て愕然とした。


 束ねた藁を組み上げ、人の形を模したもの。


 主に畑などに置いておき、人を警戒する鳥達を追い払うために設置する道具。


 ここで少年は、自身の体が案山子の体になっていることに気が付いた。


 普通の案山子と違うところといえば、頭に当たる部分には握りこぶし大の赤い水晶玉が埋め込まれ、その下側には口のような裂け目が一直線に伸びているところくらいだろうか。


 おそらく水晶玉は目の役割をしているのだろう。裂け目はそのまま口の役割を果たす予定だったのだろうが、彼女曰く声帯をつけ忘れられているから、声を発することはできない。


「君は川遊びの最中に溺れて死んだ。その魂を私が引き寄せ、束ねた藁をベースに作り上げた新しい体に定着させた。それが今の君だ」


 息のできない真っ暗闇と冷たい感覚は、王都の河の中での出来事で、その後の曖昧な感覚は魂だけで漂っていた時のことだと、彼女は説明した。


 これは後で聴いたことなのだが、魂だけの状態だと、外からの刺激を受け取る感覚器官がないため、触れた感覚も時間の感覚もなくしてしまうらしい。


『なんで……』


 ぽつりと、少年は呟いた。怒りなのか悲しみなのか。その判別すらつかない感情が胸の内からふつふつと湧いてくる。だが、どうしようもないほど膨れ上がった感情を、どこにぶつければいいのかも分からない。


 そんな彼に、女性は至って冷静に声を掛けた。


「仕方がないさ。私もなぜこんなことが起きるのかは調べている途中だから、詳しいことは分からない。けれど、少なくとも確かなことが一つだけある。君が悪いのは、運だけだ」


『――ふざけんな!』


 まるで、それがよくある出来事であるかのように語る彼女に、少年の膨れ上がった感情がついに弾けた。気が付くと少年は彼女に怒鳴りつけ、勢いよく立ち上がって殴り掛かっていた。


 生まれて初めての案山子の体だったが、人の形をしていたからか思った以上に思ったように動かすことができた。なんの苦労もなく握りこぶしを振りかぶり、目の前の女性に叩きつける。

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