6.魔王の過去語り(4/15)
少年が目を覚ましたのは、見知らぬ木造の小屋の中だった。
壁や天井には何度も修繕したであろう跡がいくつも残っており、寝かされているベッドも随分簡素なものだ。窓の外には小さな畑と庭が見え、その先には一面の森が広がっている。
内装はとてもシンプルなものだ。テーブルに椅子、かまどに暖炉と、生活に必要なものをとりあえず集めたような印象を受けた。だからこそ、中身がぎっしりと詰まった本棚と、綺麗に磨かれた鏡台が妙に浮いて見える。
使い込まれた日用品はどれも一人分しかないようで、この小屋の主は長年一人で住んでいることがうかがえる。その主はどこかへ出かけているらしく、小屋の中はずいぶん寂しげな静寂に包まれていた。
――ここは、一体なんなんだろう。
そう言葉にしようと口を開いて、少年は違和感を覚えた。なぜか声が出ない。目覚めたばかりで喉が渇いているわけではない。まだ少し頭がぼんやりするが、体調が悪いわけでもない。
動かそうとした腕の位置がやけに遠い。喉に手を当てても、全身を分厚い膜で覆われたように触れた感覚がほとんどない。指先が喉に触れた瞬間、かさりという枯草を押す音が、人の体から決して出るはずのない音がした。
何かが、おかしい。
「おや、目が覚めたかい?」
突然の声に驚いて、少年はベッドから飛び起きた。
小屋の玄関に知らない女性が立っている。腰まで伸びた長い黒髪は艶やかで、きめ細やかな肌の白さをよりいっそう際立たせている。
一目見て、綺麗だ、と思わせるには十分な見た目の女性だった。
だからこそ、身につけている汗と土に塗れた作業着があまりにも似合わなかった。
窓辺に佇み本の頁をめくっていそうな白く細い指で、無骨な鍬を握りしめている。被っている日除けの麦わら帽子はひどく色褪せ、どれだけ使い込まれているかを雄弁に物語っていた。
「調子はどうだい? 問題が起きるようなことはしていないはずだけれど、やっぱり君が大丈夫だと言ってくれないと安心できないからね」
小屋の主であろう彼女は、きょとんとする少年を置いてけぼりにする勢いで声を掛け続ける。やがて彼からなんの反応もないことに気が付いて、じっとりとした表情で彼の顔を見た。
「……ちょっと、私の声が聞こえているかい? 返事をしてくれないとこちらも困るのだが」
怪訝な顔をする彼女に、少年は必至で頷いて返した。なぜか声が出ないことをなんとか伝えようと身振り手振りを入れてみると、彼女は案外すんなりと少年の事情を察したようだ。
「……ああ、そうか。そういえば声帯を作っていなかった。これはすまなかったね。それじゃ、そうだな……」
少し考え込んでから、彼女はこれだなと一人頷いて、もう一度口を開く。
『こういうのならどうだい? 転換術《意思疎通》。そう難しいものでもないはずだから、コツさえ掴めば簡単に習得できると思うよ』
口から発せられる、空気を震わせる声ではない。もっと直接的に、伝えたいことを相手に理解させるような、そんな音のない声が少年の頭を通り抜けていった。
『もしかして、転換術は苦手かい? それとも使えなかった? さすがに自分の魔元素の流れを感じ取るくらいはやったことあるだろう? その流れに伝えたい言葉を乗せて相手に飛ばすんだ。おおまかにそんなイメージを持って、あとは実践あるのみだ。やってみたまえ』
彼女にそそのかされて、少年は体に流れる魔元素に意識を集中させた。転換術は使ったことはないが、ほんのさわりだけ父から教わっている。それを思い出しながら、彼女の言葉の通りに、思いを魔元素に乗せていく――。
『あ、の……。こ、えで、いい……?』
『よし、上出来だ!』
少年の初めての転換術は、あまりにも弱弱しく、ぎこちないものだった。
それでも彼女は少年の転換術を褒め、彼の頭を乱雑に撫でた。もはやもみくちゃにしているのと大差ない、慣れていないのが丸わかりな手つきで彼の頭を撫でた。
『それじゃその調子で君の自己紹介と、これまでに何があったのかを、わかる範囲で私に説明してもらおうか。《意思疎通》の練習も兼ねているから、ゆっくりでも、しっかり話すんだ』
彼女の言葉に頷いて、少年はこれまでに何があったのかを思い出しながら、《意思疎通》で言葉を伝えていった。
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