2.かかってこい晩飯!(2/4)
思えば二人は街を出てから、飲み水すら一切口にしていない。通常の人間と体のつくりが全く異なるクチナシは分からないが、ただの人間の子供でしかないキンカは、飲まず食わずでは数日ともたない。
「そういえば、あのあとすぐに街を出たっスけど、クチナシさんは何か食べるものを持ってたりするんスか?」
『いや、カカットは路銀を稼ぎに寄っただけだから、そもそも食料調達は考えてなかった。そして今は食い物を持ってない』
「そんな! それじゃ次の街に着くまで飯抜きっスか!? クチナシさんはともかく、ウチはそういうの無理っスよ!?」
『安心しろ。食料を調達する方法はいくらでもあるし、今もちゃんと考えはある』
「そうなんスか? ならもう夜も遅いんスから、早く調達しなきゃ……」
『まあそう慌てるな。今から説明するが、夜も更けてきたからこそいいんだ』
興奮するキンカを制しながら、クチナシはそっとたき火を指さした。首を傾げるキンカに、クチナシは一つずつゆっくりと説明し始めた。
『まずこのたき火、そもそもなんで焚いているかは分かるか?』
「そりゃ、夜の寒さを凌ぐためと、あとは確か、たき火って獣除けにもなるんスよね?」
『そうだな。だがよく考えてもみろ。俺の体は人間のものとは違う。寒さはそもそも感じていないし、寒さで体力を余計に消耗することもない』
「いや、クチナシさんの体について詳しくないんで、考えろと言われてもだいぶ難しいっス」
『……それもそうか。まあ、俺に寒さ対策は必要ないことが分かればいい』
まだ出会って間もないのだ。お互いのことをあまりよく理解できていないというのに、考えてもみろというのは難しかったかもしれない。
キンカの言葉にクチナシはそう思いなおし、ひとまず今必要なことだけ要約して話した。
『なら獣除けの方はどうだ。ただの獣がここに現れたとして、俺が困ることがあると思うか?』
「そうっスね。何か凶暴な獣が来たとしても、クチナシさんならたぶん勝てるだろうし、なんなら自分から狩りに行ってもいいくらいだし……あれ? だとしたらなんで……?」
クチナシがそもそもたき火を必要としないことを理解し、今日に限って火を起こした理由が分からなくなり、キンカは頭を抱え始めた。
そんな彼女の様子を見てふっと笑い、クチナシが答えを口にする。
『理由は二つあるが、一つは端的に言えば、お前のためだ』
「ウチのため?」
首を傾げるキンカに、クチナシは指を二本立ててみせた。使い込まれた革の手袋がたき火に照らされ、てかてかと鈍い光沢を放ち存在感を放つ。キンカの視線が手に吸い寄せられるのを感じて、クチナシは指を一本折った。
『ただの人間であるお前には、寒さ対策が必須だろう? それに、たとえここから移動しないとしても、夜目が効かないお前が、明かりがないまま夜の森を過ごすのは危険すぎる。それが、たき火をたいた一つ目の理由だ』
「なるほど、つまりクチナシさんは優しい、と」
『果たしてもう一つの理由を聞いて、まだ優しいなんて言葉を言えるかな?』
何かを企んでいることを隠そうともせず、クチナシはキンカを試すように笑って、残るもう一本の指を折りたたんだ。
『さっきお前が言っていた獣除けだが、火を起こすことで逆にこちらに寄ってくる獣もいる』
「そうなんスか?」
『ああ、火を恐れない獣が好奇心で寄ってきたり、とかな。だがまあ、今一番可能性として高いのは――』
途中まで言いかけて、ふとクチナシは言葉を途切れさせた。そのまま何かに集中し始めたのか、時間が止まったかのようにぴたりと身動きを止めてしまう。
「クチナシさん?」
キンカの呼びかける声にも無反応のまま、クチナシはまったく動かない。かと思えば、ふと彼はばっと顔を上げてキンカのさらに後方、たき火の光の届かない夜闇へと顔を向けた。
その先に何かがあることを理解し、キンカはごくりと喉を鳴らした。
風が木の葉を揺らしながら通り抜ける音が妙に耳に残る。
高まっていく緊張感に、キンカの心臓がばくばくと鼓動を早めていく。
『来たぞ。構えろ』
クチナシに促されたキンカが弾かれたように立ち上がり、彼が見ていた闇へと振り返る。暗闇の先に、大きな影がゆっくりとこちらに近づいてくるのがかすかに見えた。
『さっき言いかけた可能性として高いものだが、火のある場所に人間がいることを覚えた魔獣が、人間の荷物や人間そのものを目当てに寄ってくることがある。その場合、人間を襲って餌にありついたりするのが目的だから、基本的には好戦的なことが多い』
クチナシが言い終わるとほぼ同時くらいで、焚火で照らされた地点まで魔獣が姿を現した。
魔獣とは、魔元素を体内に蓄積した影響により、通常の獣から変質した獣のことをいう。姿かたちは当然ながら、個体によっては転換術を扱う魔獣も存在する。
今キンカ達の前に姿を現したのは、紫色の毛並みに、二本のキバの他に一本の角を持つ、キンカの胸くらいの大きさの猪のような魔獣だった。それが腹を空かせたのか涎を垂らしながら、まっすぐにこちらを睨みつけている。
『ほら、晩飯が向こうから歩いてきたぞ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます