2.かかってこい晩飯!
2.かかってこい晩飯!(1/4)
「あー、あったかいっスねえ、クチナシさん……」
貧民街カカットから少し離れた森の中、草木も眠る夜闇の中に、ぱちぱちとたき火の爆ぜる音が静かに響いていた。森の中は陽が落ちてから、街とは比べ物にならないほどめっきりと冷え込んでいる。
たき火に両手をかざして暖を取るキンカは、椅子代わりにした倒木に腰かけ、ぱたぱたと足をばたつかせながらほっと白い息を吐いた。
キンカの向かいでは、彼女の窮地を結果的に助けることになった籠の男――クチナシが、同じく倒木に座り込んで、やや不満げに頬杖をついてたき火とキンカを同時に見つめていた。
「どうしたんすか? 浮かない顔して」
『浮かない顔はもともとだ』
クチナシ曰く、彼の体は元々畑に立っている案山子だ。そのため、決して変わらない表情からは、彼の内心を読み取ることはできない。
だが、その分感情が態度に出やすいのか、クチナシの胸の内は案外あてずっぽうでも当てることができた。
『まあ、ただ面倒なことになったとは思っている。どうして俺が子守りなんざしなくちゃならないんだとな』
「それは仕方ないことなんじゃないっスかね。か弱い女の子を助けたんスから、ちゃんと最後まで責任もって面倒を見てあげないと」
『都合のいい決まりを勝手に作るな。第一、か弱い女の子は助けた相手を脅したりはしない』
「だってああしておかないと、絶対にウチのこと置いていったじゃないっスかー。それに、ウチにできることは手伝うって言ったし、ちゃんと言われた分の仕事はこなしてるっスよー」
ぶーぶーと文句を垂れるキンカに辟易としつつも、クチナシはふと彼女のことを考えた。
ただ着いて来られるだけならば迷惑極まりなかったが、彼女はその分自分にできることはなんでも手伝うと条件をつけてきた。実際陽が落ちきる前に試しにやらせてみた薪集めは、文句を言わないどころか率先して集め始め、要領よくてきぱきとこなしてみせている。
脅して無理やり旅に同行した負い目は感じているからか、はたまた妙なところで律義な性格をしているからか、彼女は彼女なりに、彼の役に立とうとはしているのだ。
だからこそ、余計にたちが悪い。
クチナシはそんなことをぼんやりと思っていると、ふと、キンカが自分の顔を見つめて、にやにやと笑っていることに気が付いた。
『どうした、気持ち悪い』
「いやー、なんでか分かんないんスけど、今すごく楽しいなって」
キンカのその言葉を聞いて、クチナシはため息を吐いた。
『あのな、楽しい旅行をしているんじゃないんだぞ』
「それは分かってるっスよ。歩き疲れてくたくただし、小石が足に刺さって痛いし、楽しいところを探す方が難しいって自分でも思うっス。けど、上手く説明はできないんスけど、なんでか今すごく楽しいんスよね」
要領を得ない彼女の言葉に、クチナシはもう一度ため息を吐くとともに頭を抱えた。彼女よりも少しだけ長く旅をしてきたクチナシだが、この旅を楽しいと感じたことは一度だってない。
旅をする前の、庭に作った小さな畑を耕し、勉学や転換術を教わり、紅茶を嗜みながら他愛のない話に花を咲かせる。そんな静かで、穏やかに過ぎていく日々の方がよほど充実していた。
だからクチナシは、ぼろ布一枚巻き付けたまま森に入り、石ころや草木で全身に小さな傷をこしらえ、夜の寒さに震えながら、それでもなお楽しいと笑う、キンカの言い分が全く理解できなかった。
『分かった。ならこれからはもう少し、俺に着いてきたことを後悔するようなルートを選んでやるから、嫌になったらいつでも言え』
「了解っス。つまり嫌になりさえしなければ、いつまでもクチナシさんについて行っていいってことスね」
『そんなわけないだろ。お前を置いていくための理由を増やしたいだけだ』
「それはちょっと酷くないっスか!?」
『それとついでにだ。街でお前に渡した財布も、いつでも自由に使っていいぞ。それをお前との手切れ金にする』
「ついでに、でさらに増やさないでください! 都合のいい決まりを勝手に作ってるのはどっちっスか!」
キンカが太ももを両手でべしべしと叩きながら抗議すると、彼女の腹の虫も一緒になって、飼い主に負けず劣らずの元気を出して空腹を主張した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます