1.鉄屑少女と空飛ぶ案山子(8/8)

『……いつ気づいた?』


 籠の男が舌打ち交じりにキンカに問いかける。


「今のあなたのその言葉で確信したっス」


 籠の男はもう一度舌打ちをした。どうやらカマを掛けられたらしい。完全に手のひらの上で弄ばれている。


『何が目的だ』

「さっきから言ってるじゃないっスか。ウチをあなたの旅に連れてってほしいっス」

『さっきも言ったが、断る』

「だったらウチも、魔王が出たぞーって言いふらすしかないっスねー」


『脅しのつもりか?』

「でも効果はあるでしょ?」


 こそこそと身を隠しながら旅を続けている彼は、目立つような真似はしたくないはずだ。


 そして、その読みはどうやら当たっているらしかった。彼はわざとらしいため息を吐いて、少しだけ話題を逸らしつつキンカに問いかけた。


『第一、いいのか? あの悪名高い魔王様だぞ? そんなやつに着いていくなんざ、この先ロクなことにならんぞ』

「こっちはそんなこと気にしてられないんスよ。明日を生きることだって精一杯なんスから。それをどうにかできるってんなら、魔王様の力だって借りるっスよ」


『節操なしか』

「あと、これはさっきも言ったっスけど」


 キンカは言葉を区切って、にんまりと笑みを浮かべる。


 先ほどまでの策略を張り巡らせるようなものではない。彼女の年相応な、素直な笑顔だった。


「ウチはあなたのこと、本当にいい人なんだと思ってるんスよ?」


 まっすぐに彼を見据えたキンカに、思わず籠の男は言い澱んだ。


 今日出会ったばかりで、異様に駆け引きに富んだ彼女だが、なんとなく理解したことがある。


 少なくとも、今の言葉は嘘ではない。本心からそう思っている。


『……馬鹿言え。俺が? いい人?』


 だからこそ、籠の男にはそれが腹立たしかった。


 気づけば彼の右手はキンカの頭をわしづかみにし、力の限り握りしめていた。体格の割に腕力も握力も強くはなかったが、そんなもの彼には関係ない。


 なにせ、彼には転換術があるのだから。

 先ほどその力に救われたキンカも、今度はその力を向けられて一瞬表情をこわばらせた。彼の転換術をすべて理解しているわけではないが、さすがに零距離で放たれて無事でいられるものでないことは分かっている。


『適当なおべっかで俺を丸め込めるとでも思ったか? 言い直すのなら早くしろ。今ならまだ軽いおしおきで許してやる』


 男は被っていた籠を、残った左手で外しながら言った。


 籠の下から現れたのは、藁を編んで作られた丸い塊だった。おそらく口に当たるのであろう小さな裂け目が横一線に伸び、中心にはキンカの握りこぶしくらいの大きさの、赤い水晶玉のようなものが埋め込まれている。


 それ以外には何もなかった。彼の顔は、人の顔だとするにはあまりにも殺風景すぎた。それどころか、厚手の手袋と長袖の間や、ナイフが刺さってできた小さな穴からちらりと見える彼の体も、頭と同じく藁を編んでいるだけのものだった。


 全身を包み込むような服装も、きっとその下の歪な体を隠すためなのだろう。


 腕力や握力が異常に弱いのも、藁の体であるが故の軽さが原因なのだろう。


 キンカはすぐに理解した。彼の体は、人の形を模しているだけの張りぼてなのだと。


『案山子の体に、人の魂を埋め込んだだけの俺が? いい人だと? 初対面のお前が偉そうな口をきくな!』


 頭を鷲掴みにする指の間から送られてくる、キンカの目線と男の目線が重なった。籠を外してもなお全く読めない彼の表情と、一撃で相手を昏倒させるほどの威力を持った転換術をちらつかせる今の状況が、二人の間に流れる緊張感をより一層高めていく。


 だが、キンカは何も言わなかった。


 謝罪も言い訳も何もなく、ただ男の顔をじっと見つめているだけ。彼の心情を見透かしているというよりは、彼のことを信頼しているような目の色をしていた。


 少なくとも、彼は脅しだけで、転換術は使わない。


 キンカはそう確信していた。


『……チッ』

「ほーら、やっぱり優しいじゃないっスか」


 男は舌打ちをして、キンカから手を離した。


 彼女のような、駆け引きをしてくるような相手は苦手だ。どうも直情的な性格のせいか、言い合いになってしまえば大抵負けるのは男の方だった。


 そんな言い合いをする相手も、もう彼の元から離れてしまっているのだが。


 男は天を仰いでため息を吐いた。


 彼の仕草をキンカは肯定と捉えたのか、にっと笑って声をかける。


「それじゃ、まずは自己紹介っスね。ウチの名前はキンカ。魔王様の名前はなんていうんスか?」

『……クチナシ』


「クチナシさん、っスか。なんだか可愛らしい名前っスね」

『黙れ』


 ぶっきらぼうに答える魔王――クチナシに、キンカは笑って返した。花の名前をそのまま名乗ることも珍しいが、それ以上に、香りの強い白い花の名前と彼の性格がまるで合っていないのがおかしくて仕方ない。


「それじゃ行きましょうか。クチナシさん」


 キンカはクチナシに手を差し伸べた。その右手にこれからよろしくという意味を込めていることくらい、クチナシにも分かっている。


 彼女の手を掴んでも振り払っても、どちらにせよ彼女に負けを認めるようなものだ。ならばせめてもの意地として、みっともなく振舞うことだけは避けたかった。


 嫌々ながら、クチナシはキンカの手を握り返した。

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