そして、私は
呂兎来 弥欷助(呂彪 弥欷助)
第1話
思い返せば、父は筋肉質だった。漫画で出てくるような筋肉を持っていた。
ゴツゴツとした体で、お腹は六つに割れていないものの、しっかりと引き締まっていた。胸も板と例えるのがふさわしいほどの、厚さがあった。
そういえば、父の家系は大工だった。物心がつくころから手伝いをし、気づけば大工になっていて、こんな体になったと豪快に笑う人だった。
父との思い出といえば、力こぶ。
父が力こぶを作るとお餅が焼けるようにぷっくりと膨れる。私はそれがおもしろく、ちいさなころ父が休みだとねだって何度も作ってもらった。固いそれをペチペチと叩くのが、大好きだった。
だからだろう。
「こいつ、泣かねぇなぁ」
屈強な男たちに囲まれて、私が泣かなかったのは。
「おい、俺たちが怖くねぇのか?」
だからここに、居座れた。
「何騒いでんだ、おめぇら」
「親分!」
幼い私を囲んでいた屈強な男たちは、一瞬で表情を変え、スクッと立ち上がる。
見上げれば夕陽を背にした、これまた屈強な体格の人物がいた。
「へぇ、おもしれぇ。俺たちを怖がらないガキなんて激レアじゃねぇか」
『いつもはうるさくて敵わねぇが、こいつは使えそうだな』と、猫のように持ち上げられる。
太い腕とスキンヘッド、まるで父みたいだなと私は思っていたんだと思う。
そうして、彼らとの生活が始まり、その後は親分にずいぶんと懐いた。
親分には、すごく可愛がってもらった思い出しかない。
何年か経ち、親分たちが『海賊』だと知った。それも、ちょっと変わった海賊で、災害に遭った街へと行く。
親分たちは、親を亡くした子どもを『連れ去る』。その家の資産は『頂く』。
連れ去られた子どもたちは、物資の調達に立ち寄る街で、子どもいない富裕層に『養子の斡旋』をする。もちろん、手数料は頂いて。
いいことではないと思うし、親分たちもそう認識しているらしく、『俺たちゃ海賊』なんて悪だと楽しそうに言っていた。
けれど、少なくとも私は。
親分を二人目の父のように、他の海賊たちも年の離れた兄のように思っているし、育ててもらったとも思っている。
私がある程度の年になったころ、親分が、亡くなった。
「姐さん!」
「俺たち、悔しいっすよ!」
「カチコミに行きましょうよ!」
『俺たちゃ海賊』そう言いつつも、皆は『海賊らしいこと』は、それほどしてこなかった。
どちらかと言えば、ちょっと法律を守らない『漁師たち』だ。魚を釣り上げ、街で売っていたことも多々ある。特に、私が看板娘のように成長してからは『姐さん』なんて、私を慕うくらいにあまっちょろい人たちだ。
漁師も海賊も、こんな彼らを良くは思っていなかったのだろう。
海賊に乗り込まれ、それはそれは無惨だった。ただ、情けか、親分の命がなくなったらさっさと海賊はいなくなった。
親分がいなくなれば、解散すると思っていたのかもしれない。
「何言ってんの」
ポソリと呟けば、どよめきが起きる。
「今、乗り込み返したところで……無駄死によ……」
悔しくて、涙も出ない。
「じゃあ、姐さんは俺たちに『普通の生活』をしろってのかよ!」
「俺たちゃ、親分の下で『海賊』するしか知らねぇよ!」
やんややんや言う男たち。
ジジイという年に近くなっても、私と初めて会ったときと内面は変わらず『幼い』。
うるさいよ。
私だって、『普通の生活』なんて、もう忘れてしまった。
「やり返さないなんて、言ってない」
どよめきが静まる。
「『今じゃない』と、言うだけよ……」
ポタリと、頬を伝った雫が親分を汚した。
親分が生きていたら、私を……私たちを怒っただろうか。
これは、私がまだ『女海賊』と恐れられる前の、懐かしい昔話。
そして、私は 呂兎来 弥欷助(呂彪 弥欷助) @mikiske-n
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