第24話 霊と会う

 手元の提灯が、チリリチリリと鳴いた。

 走りにくいからと離そうと藻掻く清瀬の指先を、ガッチリと掴み続ける一聖だったが、妖のお出ましに渋々立ち止まる。


「清瀬、これを」


 左手の提灯を清瀬に渡し、スッと印を結ぶ。


「今宵は急ぐのでね。散!」


 問答無用で蹴散らした。


「凄い、雑っ」

「仕方ありません。今度ゆっくりと相手してあげればよいでしょう」

「あはは」

「どうしましたか? 清瀬」


 再び二人で駈けながら、急に笑い出した清瀬を訝しげに一聖が問う。


「だって、旦那様はまるで妖を友のような言い方するんだなと思って」

「友? 何故そう思ったのですか」

「相手してやるって」

「それは、叩きのめすという意味ですよ」

「でも、嫌っていないだろう? 旦那様は霊も妖も嫌っていない。もし嫌うとしたら······」

「嫌うとしたら?」

「彼らが背負わされた運命ってヤツだけ。だから、いつもどうやって彼らを救えばいいかだけ考えているよな」

「随分と株が上がったようで、嬉しいですね。清瀬の言葉は力になります。ありがとう」


 私の言葉が力になる―――


 同じ事を思ってくれているんだな。


 熱を持つ頬に夜風が心地よく感じた。



 霊岸橋の上から真っ暗な水面に目を凝らしてみる。何も見えないのは灯を消したからでは無い。船の気配も人の気配も、あやかしの気配さえ無い。


 読み損なったか……


 ぎりりと唇を噛み締めた清瀬の肩を、一聖の手が優しく包み込んだ。何も言わなくても伝わってくる『大丈夫』の言葉。二人で寄り添って欄干の陰に身を潜めた。


 しんと静まり返った闇が揺らめいたのは半時ほどして。

 すぅーっと流れるように屋形船が姿を現すと同時に、ザザッ、ザザッっと地を踏みしめる足音が近づいてきた。


 微かな灯りが映し出したのは、体格の良い男四人。丸太のように両肩に担いでいるのが、恐らく眠らされた娘達だろう。


「ほれ、ひぃ、ふぅ、みぃ……ななっ。今夜も大漁だぞ」


 ほっかぶりをした船頭に下卑た笑いを投げながら、男達が乗り込もうとした瞬間、ぽぅ、ぽぅっと青白い火が辺りを舞い始めた。


「うおっ、鬼火!?」

「ぎゃ、あっちへ行けっ」


 慌てふためく大男達が右へ左ヘと逃げ惑う様子が見える。


「狐太郎の合図です。行きますよ」


 一聖と共に橋の下へと駆け下りる。

 得物は無くとも自慢の体術で男たちを制圧してやると意気込んでいた清瀬だったが、ふと目の端に遠ざかっていく船の舳先を見つけて向きを変えた。海へ落ちる事も顧みず、そのままの勢いで飛び乗った。


 両足が底板を捉えるのと同時にバシャンと水しぶきを上げて船が大きく傾く。あわや転覆と思いきや、今度は反対側に大きな衝撃。


「大事な清瀬を他の男と二人きりになんかさせられませんからね」


 海に飛び込もうとした船頭を羽交い締めにしながら、一聖がにやりと笑っていた。


「戯言を言っている場合じゃ無いぞ。あっちの男達が逃げてしまう」

「大丈夫ですよ。ほらね」


 一聖の視線の先を見て、清瀬も事態を理解した。

 ジリジリと狭められていく鱗の砦。眼前には大きな牙と長い舌。緋呂巳を見上げて動きを止めた男達がへなへなと座り込んでいく。


 その時ピーッと甲高い笛の音が響き、要三郎率いる警察官が到着した。


「なるほど。あちらは大丈夫そうだな」


 ほっと胸を撫でおろした。


「さて、あなたに少し聞きたい事があるのですよ」


 抑える力はそのままに、のんびりとした様子で一聖が船頭に語りかける。


「お久しぶりですね。その節は情報をありがとうございました」

「……」

「自分の身が危うくなると分かっていて教えてくださったのは何故ですか? 何か私達に伝えたいことがあったのでしょうか」

「……」


 男は無言を貫いていた。


「私達はこれから、異国へ連れて行かれた少女たちの御霊を供養しに行きます。あなたは向こう岸で降りていただきますので、何処か遠くへ逃れて」

「おいとの供養もできるのか!?」


 それまで無表情だった男の瞳に苦悩が滲み出た。


「おいとさん、とは?」

 

 静かに問い返す一聖。


「……娘さ。十で働きに出した後、雀の涙ほどの金と引き換えに異国に売られちまったんだ。今頃どこにいるのやら、生きているのか死んじまったのかもわからねぇ」

「それは……お辛いですね」


 腕の力を緩めると、船頭はその場に崩れ落ちた。


「わしも連れて行ってくれんか」

「それはありがたい申し出ですが、危険ですよ」

「かまわねぇ。どうせもう、誰もいねぇんだから」

「家族はもういないのか?」


 清瀬の問いに頷いた。


「流行り病でみんな死んじまった。故郷を出て流れ流れてここに来て、割のいい仕事と紹介されたのがこの仕事さ」

「だから、教えてくれたんだな。娘さんの敵を討つために」


 その言葉に船頭の顔が歪んだ。

 悲しみと蔑み、後悔と高揚が入り混じった複雑な表情。


「やっぱり、良いとこの坊ちゃんは考えることも綺麗だな」

「な……に?」


 気色ばむ清瀬に、男は続けて吐き捨てた。


「娘達を異国へ売り飛ばす片棒を担ぐんだとわかった時、わしは嬉しかったんだよ。おいとが寂しくないよう、いーっぱい送ってやろうってな。死に損ないのわしがようやくあの子にやってやれる事が与えられたって……」


 自分が泣いていることにも気づかずに、嬉しそうに笑いながら語る様は鬼気迫っている。

 どれだけの苦悩と後悔を抱えているのだろうかと思いを寄せた清瀬だったが、持ち前の男気が情に流される事を拒んだ。


 凛とした声で指示を出す。


「ならば、もう一つ。そなたにできることがあるぞ」


 急に毒気の抜けた顔になる船頭。


「舵を持て! そして少女達をちゃんと見送るんだ」

 


【作者より】


 更新が長らく止まっていてごめんなさい。

 ようやく、この章の終わりまで書き終えましたので、公開させていただきます。

 よろしければ、お付き合いいただけたらと思いますm(_ _)m

 前の話で、この出来事の夜を朔の夜としていたのですが、それだと日付が合わないなと思いまして(;´Д`)

 前話で弓張月(上弦の月)へと変更しております。

 他にも題名やレイティングも少し変更しました。ごめんなさいm(_ _)m


 

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