第二章 縁結び稲荷と神隠し

第14話 夜のデート

 久しぶりの男袴に胸が高鳴る。自然と背筋が伸びて腹に力が入った。

 しかも、これから一戦交えに行くと言うのだから、頬が……緩むのもいたしかたないことだと清瀬は思う。


 それに、言葉づかいだって気にしないでいいし。最高だ!


 今宵は朔。光の消えた世界で、魔が集い跋扈するとき

 警邏に出る一聖から、「共に行くか?」と声がかかったので二つ返事で頷いた。

 着流しの胸元に無造作に笛を突っ込んだ一聖。カンテラでは無くて提灯を持ち、のんびりと歩みを進めていく。まるで散歩のようだなと思った時、振り返った彼が嬉しそうに笑った。


「なんだかデートみたいですね」

「でいと?」

「異国の言葉で逢瀬のことですよ。横に並んで歩く方が、もっとそれらしくなりますね」


 そう言って、ぐいっと清瀬を引き寄せた。


「そんなにくっついたら、いざという時動きづらいじゃ無いか」

「大丈夫ですよ。寧ろ直ぐに背中合わせになれて便利ですよ。背中を預け合うっていいですよね」


 おお、確かに!


 納得した清瀬は素直に頷いた。


「近頃は朔の夜も明るくなりましたね。銀座のアーク灯なんか日本橋のガス灯よりさらに明るいですし。いずれは夜でも明かりでいっぱいの世になるでしょう」

「そうなると……あやかし達の居場所がなくなってしまうのか?」

「それはありません。もともと、影のモノたちは昼夜問わず存在します。でも、まあ、悪意あるモノたちは、陽の気とは相性が悪いですからね。力を削ぐ助けにはなるかと」


 なるほど。狐太郎は昼間でも平気でうろうろしているもんな。


 なんとなくほっとしてふうっとそらを見上げた。


「うわぁ! 綺麗!」


 冷えた空気は星の輝きを研ぎ澄ませるようだ。昼間は太陽の光で隠れてしまっている星々が、今こそ我が時とばかりに必死で瞬く様は美しいと思った。


「朔の夜はことさら星が綺麗ですね」

「旦那様は星博士だったな。私は剣術三昧だったから、星のことは皆目わからないんだ。あの一番大きな星に名前はあるのか?」

「あれは木星ですね」

「もくせい? じゃあ、あっちは?」

「土星、その下の白っぽい星は『あきぼし』とか『ふなぼし』とか言われています」

「へえ。本当はわれわれが立っているこの地面が動いているんだろう? 不思議だ」

「そうですね。我々も、星も動いています」

「え! あの星たちも動いているのか! よくぶつからないな」

「それぞれ物凄く離れていますからね。でも……確かに不思議ですよね。目に見えない調和の力が働いているのかもしれませんね」


 好奇心いっぱいに目をきらきらさせて問いかけてくる清瀬を、好まし気に見つめながら答えていく一聖。


 その時、ガシャリ、ガシャリという重い金属音が耳に飛び込んできた。清瀬は即座に心刀を手にする。


 ガチャリ、ガチャリ。ブウォン! ザシュッ! ガラゴロガラン。


 狭い路地裏には、今も火消用の桶が積み上げられている。それが転がる音で方角の見当がつく。


 あっちだ!


 二人で目配せして走り出した。


 飛び込んだ先には、身の丈七尺(約二メートル)を越えそうな男が、鎧兜を身に纏い槍を振り回している。こんな狭い路地に槍は不向きと思う傍から、周りの家の塀に突き刺さし引き抜き、突き刺し引き抜き、不格好に暴れながらつむじ風を立ち上らせていた。


「これはまた、随分と育ってしまいましたね」


 事態の緊急性を感じさせない、のんびりとした一聖の声。


「育った? どういう意味だ!」


 心刀を手に走り出した清瀬が突き出された槍を踏み台にして高く舞い上がる。鎧に阻まれるのを避けるには、僅かな隙間を狙わなければならない。向かい風をものともせず、鎧と兜の隙間、首筋へ一撃必殺の一太刀を浴びせた。黒いしぶきをあげてぐらりと傾く鎧武者。


「おや、私の出番がないではないですか」


 ぶつくさ言ってからようやく笛に息を吹き込んだ一聖。いきなりピューと高い音を響かせた。

 金縛りにでもあったように、ガクリと動きを止めた鉄の塊。


「もう終わりか?」

 

 駆け戻ってきた清瀬が物足りないような顔でそう問えば、「いいえ、ここからが本番ですよ」と囁いた。


 その言葉と同時に、まるで解放されたかのようにの体から這い出てくる恨みつらみの念。うようよと辺りへ広がって漆黒を暗黒へと変えていく。


「鎧武者自体は、普段からうろうろしていますよ。この国も数多の戦を経ていますからね。そこへ、人々の負の念が取り付くと、こんな暴れん坊将軍のできあがりです。この念を一つ一つ祓っていかなければなりませんので、少々手間と時間がかかるのですよ。清瀬、お願いですから彼らを一つも逃さないように抑えていてください。でないとまた、他の鎧武者に取り付いてしまいますので」

「わ、わかった!」


 抑えるってどうやればいいんだ?


 言葉より先に体が動く。膨らみ続ける怨念の山の後ろへ回り込むと得意の三段突きの要領で心刀を繰り出し続けた。


 一聖と清瀬に挟まれた怨念は、観念したように留まり、一聖の『浄!』の掛け声と共に次々と昇華されていった。

 中身が無くなってガランと地面に落ちた鎧と兜に一聖が優しく声を掛ける。


「お前はもう、充分役目を果たした。主人の元へ行っておやすみ。ほむら!」


 と唱えれば、ぼうっと赤い炎に包まれて塵と消えてしまった。


「主人の元って?」

「この鎧と兜を身につけていたであろう人物ですよ。守り切れなかったと言う後悔が彷徨い歩いていた理由なのかなと思いまして」

「そうか……主の元へ行かれるといいな」

「そうですね」


 二人で静かに見送る。

 切なさと温かな気持ちが交互に押し寄せてきて、清瀬は思わずため息をついた。


「ふうっ」

「お疲れ様でした。良い汗をかきましたね」

「旦那様は、今までこんな地道なことを続けてきたんだな。見直したぞ」

「おや、嬉しいことを」


 そう言ってクツクツと笑い出した一聖。


「せっかく褒められたので、本当は言いたくないんですけどね」


 更に笑いながら「でも、やっぱり言っておこう」と続ける。


「本当は一気に浄化させることもできるんですよ。でも、それじゃあっという間過ぎてつまらないでしょ。清瀬が物足りないって顔をしていたから、いっぱい動いてもらったまでです。お疲れ様でした」

「な!」

「どうです? 久しぶりにすっきりしましたか?」


 そう言われてしまっては、否とは答えづらい。

 ふんっと顔を背ければ、またクツクツと笑い声が響いた。


「さあ、次へ行きましょう。まだまだ夜は長いですからね」

 


 


 

 

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