第5話 庭園散策

 料亭の女将の提案で、二人だけで庭園を散歩することになった。

 これは問い詰める好機と意気込んだ清瀬だったが、「くれぐれも粗相のないように」と龍成に釘を刺されてしまった。


 仕方なく、口を噤んで静かに一聖の後に続く。


 くっ、やっぱり振袖は歩きづらい。それなのにこの飛び石の配置はなんだ。微妙な位置で一歩では歩けないではないか!


 転ばないように全神経を足元に集中させていたら、立ち止まった一聖に気づかずぶつかりそうになってしまった。身を固くして辛うじて踏みとどまる。


 ふぅ、危なかった。


「ここまで来れば座敷から見えないでしょう」


 庭の中ほどでくるりと振り向いた一聖は、先ほどまでの紳士然とした態度はどこへやら。からかうような声音に変わる。


「ずいぶんと静かですね。驚きで声も出ないのかな」

「驚きはしましたけれど……いきなりご質問するのも無礼かと思いまして」

「おや、言葉遣いも女性らしくなりましたね」

「うっ……」


 父上から厳命されているんだよ。男言葉は禁止って。

 

 フツフツと沸き立ついら立ちを深く息を吸って逃す。そして、先ほどから確かめたかったことを口にする。


「あの、なぜあの時の私と今の私が同じ人物だとお分かりになったのですか? あの時は……その二回とも袴姿でしたし。男と思われていたとばかり」

「私の審美眼は完璧です。たとえ男性の恰好をしていようとも、あなたの美しさは漏れ出ていました。私は最初からあなたを女性として見ていましたよ」

「な!」


 予想外の言葉に、顔面が熱を持つのを止められなかった。


「そんな表情もいいですね。そそるな」

「……」

「早くあなたを抱きしめたくて仕方ありません。だから直ぐにあなたを見つけ出してこうやって結婚を申し込みました。変な虫がつかないうちにと」

「くっ……」


 こ、この男は、またこんな世辞をぺらぺらと!

 よし、そっちがその気ならこっちだって。


「あの、それでしたら話は早いですね。私は今まで男として育てられてきました。だから言葉づかいも仕草も、男として振舞う方が楽なのです。今は一生懸命抑えていますが、素の自分が出てしまえば乱暴な言葉遣いに大股歩きです。そんな女が妻では、伯爵家の体面に泥を塗るような事態になるかと。今のうちにお断りになったほうが賢明だと思いますが?」

「別にかまいませんよ。私はも含めてあなたに魅力を感じているのですから。強気に見つめられるなんてゾクゾクしますよね」


 へ、変態だ! この男!


 清瀬の笑顔がひくひくとし始める。


 そうか、そう言うことだったんだ。私がこの男に感じたゾクゾクとした恐れ。

 それは、貞操の危機と変態なコイツが醸し出す背徳の香りだったのだ!


「聞きたいことはそれだけですか? あなたの御懸念は全て織り込み済みです。ですから、どうぞ心配せずに私に全てを預けてください。決して悪いようにはいたしませんからね」


 そう言って、また鮮やかに片目を瞑って見せる。


 気障野郎!


 そう叫んでやりたかったが、ここではどうにもならない。

 

 それに……この心臓の音はなんだ?

 さっきからうるさくてたまらない。


 火照る顔をなんとかしたいと焦れば焦るほど、鼓動が激しく打ち鳴らされた。


「そうと決まれば、もう少し、婚約者らしく仲睦まじく寄り添って歩きませんか?」


 反応を楽しむような笑みを浮かべながら清瀬に手を伸ばしてきた一聖。

 だが、その刹那。清瀬の体に刷り込まれた条件反射が発動。無意識に彼の手に手刀を振り下ろした。


「あ……」

「あっ」


 彼の白い手が、みるみる赤くなっていく。


 流石の清瀬もまずかったと青ざめた。


「……申し訳けない。つい、いつもの癖で」


 謝りながら見上げれば、なぜか頬を紅潮させて恍惚とした表情の一聖。


「痛い……」


 え、何? この反応。

 痛いのに嬉しそう?


 やっぱり、この男は変態だ!


 口元を引き攣らせている清瀬に気づいた一聖が、はっとして取り繕うような笑みを浮かべる。


「これくらい何でもありませんよ。驚かせてしまいましたね。私の落ち度ですから気にしないでください」

 

 そう言って背を向けた。


 なんだろう?

 今一瞬だけど、物凄く切なげで儚げな笑みが見えた気が……


 違和感の正体を確かめたいと口を開きかけるも、彼の背に微かな拒絶を感じ取った。なす術もなく黙る。



 その場を支配する沈黙を破ったのは鳥のさえずり。導かれるように空を仰げば、青々と澄み渡り秋の気配を感じさせた。


「納得、できないというお顔ですね」

「えっ?」


 振り向いた一聖の雰囲気は和らいでいた。先程僅かに見せた張り詰めたような緊張は消えている。


「あなたのご想像どおり、華川家は代々帝の御代を支えるために、密かにこの世ならざる者達の調伏に努めてきました。私も、その任を背負っています。そんな家に嫁いで耐えられるのは、同じ陰陽師の血筋の者か、あやかしに耐性のある方のみ」


 そう言って、こちらを優しく見つめてきた。

 その漆黒の双眸に吸い込まれそうになって、不覚にもたじろいだ清瀬。

 

「あの夜、あの黒々とした妖怪へ一歩も退くこと無く刀を向けたあなたは神々しかった。だから、あなたしかいないと思ったんです。私の花嫁は」


 その言葉に、嘘は感じられなかった。


 



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