第4話
いつかこんな日が来ると思っていた。
もう戻れない
あの時に二人で話した内容は、本当に他愛のないもの。けれど
幸せだった。
二人で過ごす時間が、永遠に続くと思った。
「ねぇ、
「別に……」
「予定。無いんなら作ってあげよっか!?」
「は? はぁ?」
「今度はさ、パン屋行こうよ!! オススメの美味しい場所があるんだー。それから、祭りも行こ? 花火も見よ? それから、それから……」
「やりたいこと、沢山あるんだね」
「
そう訊かれたのを覚えている。そう言えばあの時、私は何って答えたんだろう? 「無いよ」なんて言ってしまえば、夏休みの真っ白な予定表が一瞬で真っ黒になる気がして、適当な返答でやり過ごそうとしたんだと思う。果たして、何と答えたんだったか……。
「……星」
「?」
「星が、見たいな」
*****
「どったの? こんな時間に」
よく来てくれたね、というのが
廃ビルの屋上。表向きには立ち入りは禁止になっているが、ここは情報管理局執行部隊がよく使ういわば処刑場だった。コンクリートが所々剥がれて、鉄筋がむき出しになっている見るからに集団墓地のような雰囲気を醸し出す空間。それなのに、なんの躊躇もなく来れてしまうのは、
「こんな場所に……とは聞かないんだね」
「うん。だって、
駆け抜けていく夜風。月影を浴びて、にぃっと笑う彼女の瞳は琥珀。けれど、風に踊る影は、もはや彼女のものではない。地獄の釜と同じ色の双眸が揺れていて――ああ、彼女もまた〈悪魔使い〉なのだと気がついてしまう。
「なんで、〈悪魔使い〉なんかに?」
「逆に訊くけどさ、なんで〈ヴィアヴァスタ〉のワンちゃんに?」
全く変わらない調子で訊き返してくる
私は夜風を捕まえると、手のなかにサバイバルナイフを生み出す。
「
「ねぇ。もうやめない? その仕事」
また眉間に力が入ってるよと、
けれど、執行部隊であるもう一人の私が彼女を拒絶した。
気がつくと、私の身体は感情をよそに刃を振るっていた。それを表情を変えずに
「〈ヴィアヴァスタ〉のおかげでさ、みんな豊かになった。それは認める。けどさ、それで
「問いの意味がわからない」
「この世界に創造性はあるのかな? どんな情報でも、ねだったらすぐに〈ヴィアヴァスタ〉がくれるこの世界で、人間は考える葦って言えるのかな? 自分で考えることを止めちゃってないかな? ――本当は何が欲しいのかって」
「それが、反体制派に組した理由?」
「人間が自ら何かを考えて、何かいい結果が得られたことが、これまでにあった?」
人間は不完全な生き物だ。だから、そんな存在が作り上げた社会も、必然的に不完全なものになる。確かに有史以来、社会をより良いものにしようと様々な努力がなされた。しかし、人間の歴史が戦争と闘争の歴史であったように、発展してきたのは人を欺く方法と打倒する方法だった。人類史は人と人が分かり合うサクセスストーリーではなく、築く壁の高さを競い合うドキュメンタリーだった。人間は、様々なところに壁を作って来た。万里の長上に、国境線に、鉄のカーテンに、ベルリンの壁に、アメリカとメキシコの間の壁に、民主党と共和党の間の壁に、男女の壁に、0と1の壁。そうやっておこなわれた統治が、愚かさを生み出す連続だったことは言うまでもない。
ついに人間が自ら考えて作り出したものは、大量破壊兵器と、腐った政治権力だった。一方で人間絶滅の恐怖に怯えながら、他方で貧富の差に国民が喘ぐ。けれど、そんな悲劇が生み出されたのは、みんな人間が素晴らしいものだと鵜呑みにし、人類の発展を無条件に信じたが故だった。この先にはきっと明るい未来が待っていると。――人口問題に、世界中にあふれている紛争の種に、大震災の予言に、ポールシフトの予兆……それでも未来は明るいものとでも? 人々が絶望に突き落とされる時、背中を押した理想は一切責任を取らない。すべての間違いは、
目の前の女も、その一人だ。
「人間は素晴らしいもの? 反吐が出るよ」
*****
「もー。時間かけすぎだってー」
どこからともなく、
「痛ッ……。けど、いい!!」
「――ッ!!」
片腕くらいくれてやる。そんな
そのうち、神様から送られたギフトが開かれた。それは
途端に、
「あはは……もう、痛すぎ」
肢体が切断され、臓物をぶちまける。それでも
「じゃあ、今度はこっちの番だね」
「うそ……。
怯える
「なんで!? 目を醒ましてよ!!
「「先に裏切ったのは、そっちじゃん。それに、本当の私なんて、もうどこにもいないよ」」
振りかざされたナイフ。
――
――
どちらも本物の私かって? 本当の私なんてものは存在しない。あなたの信じたほうが私だ。真実が存在するのではなく、人が信じたものが真実になる。
なぜなら人生はホログラム。
本来は虚ろな器があるだけ。
意味を見出しているのは、あなた自身なのだから。
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