第7話
私と
「キェハハハ。殺しちゃったねぇ。
「……」
「まるで、あん時の執刀医みたいだねぇ……キシシシシ」
「――ッ」
「……知ったような口を」
「死んじゃった。おじいちゃん、死んじゃった。執刀医が人間だったせいで。ケェハハハハッ!!」
その話を聞いた時、私は自分の事のように悲しむことになった。あれだけ
だが、当の
「どう?
「……そうだね。だから、世界に人間なんていらないんだよ」
「――違うよ」
その時、知っている声が頭上から注がれた気がした。声を放ったのはもちろん
同時に、
小学校のころに、テストに書いてしまう珍回答。それを機械的に×にせずに、コメントを書いてあげられる人になりたいのだ。カラオケで、音程が違うからとかリズムが違うからとかですぐに減点してしまうマシーンなんかじゃない。不正解のなかに無限の可能性を見出しているのだ。
かつて私と
そして、それは私に対してもそうだ。
――目を醒ましてよ!!
最期に彼女はそう言った。命乞いじゃない。プログラム通りに粛清しようとする私に対して、可能性を見せて欲しくて言った言葉だったのだ。人生はホログラムなんだから、好きなように書き換えられるはずだと。そしてもし、生きる意味が欲しければ私が生きる意味になってあげるからと。
彼女だったのに!!
「――なんで……ッ」
『対象を捕捉しました。
「――ッるさい!!」
乱入して来た〈ヴィアヴァスタ〉の音声を、私は放り投げる。もし、手に持っていたのが端末か何かだったなら、地面にたたきつけてやったところだった。その様子を、
その様子が、図書室でずっと私のことを見ていてくれたかつての旧友と重なる。悔やんでも悔やみきれない愚行。
気がつけば私は膝をついて、ジャングルジムの上の主に向かって仰いでいた。
「ねぇ……
「?」
「どうして、私……生きてるのかな?」
馬鹿げた質問を投げかけていた。そう気がついて、いっそ笑ってくれと思った。けれど、私のなかの気持ちは変わらない。私なんか、生まれて来なければ良かった。私が生まれてくる必要、そんなものは――
「そりゃあ、この糞ナンセンスな脚本を、100点満点にするために生まれてきたに決まってんじゃん。――ねっ、
朝がやって来る。まるで凪いだ世界に、琥珀色をした一陣の風が駆け抜けていくように。割れた月は地に落ちた。溶け落ちた黒。色彩が蘇る
「大丈夫。
頭上から
そうして上方から降りて来た少女。着地とともに、フードが剥がれてその内側が露になる。なんてことはない。濡羽色のセミロングの髪を風に揺らす、可愛らしい女の子だ。琥珀の瞳はまさに明星。黒ローブを身に纏い、屈託のない笑みを浮かべる彼女の名は――
――
――
いま私の前には少女がいる。
〈明星の悪魔使い〉と呼ばれる女の子。
「……なに。さっきのキモい笑い方」
「だって、情報管理局員に目を付けられちゃったんだよ? こんくらいのカモフラージュはしないとね。キヒッ……」
わざとらしく笑ってみせる
「嘘じゃ……ないんだよね?」
「真実は存在しない。信じたものが真実になるんでしょ? ね、
「……意地悪」
「うそうそっ!! 睨まないでよ!! ――まぁ正直、空間転移で逃げれるかはギリギリだったけどね」
「……ごめん。ほんとに……ごめん」
「だーかーら、泣くなってばかちん――」
私は衝動のままに彼女の胸に飛び込んだ。その温もりは確かに、私の大事な人のもの。もう二度と手放しちゃいけない。そう思って抱きしめては、そのまま押し倒した。他に何もいらないと思った。全部投げ捨ててしまおう。そうして、私のあげられるものは全部彼女にあげよう。空っぽの私がどれだけのものをあげられるかは分からないけれど、とにかく全部を捧げようと思った。
『対象を捕捉しました。
「何言ってるの。この子は、
『――。大変失礼しました。確かに、ID認証AU632411、
――レジスタンスのボスを庇うなんて、重罪人だね。私と〈ヴィアヴァスタ〉のやり取りを見ていた目の前の少女はそう笑う。何を言っているのだろう。二人が良い感じになっているところを邪魔する奴の方が悪いじゃないか。その程度で罪を負わそうとする世界など知ったことではないし、二人の邪魔をするんだったら、それが社会を敵に回す理由になりえた。
「重いよ、
「重い子は嫌い?」
「潰されない程度なら」
「制限重量くらいは心得てるよ――もちろん、注いでくれた分だけ重くなっちゃうかもしれないけど」
小さなころから疑問があった。どうして、聖書で描かれる天使は神様に忠実なはずなのに、ルシファー側に寝返る者がいたんだろうと。その意味がようやく分かった。正解だらけの世界が、面白くなかったからだ。白と黒で作られる世界が、0と1で作られる世界が退屈だったからだ。可能性に満ちた世界を望んだからだ。
いま私の目の前には一匹の悪魔がいる。
悪魔の名前は
明星の瞳を持つ、私の大好きなホログラムだ。
ホログラムな人生 げこげこ天秤 @libra496
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