第2話
人生はホログラムと似ている。そんなふうに
人生だってそうだ。仏教の開祖が、人生を本来的に「空」だと言ったことを引き合いに出すまでもない。意味なんてない。それなのに、人間はそこに生きる意味という名の幻影を見出す。その点、洞窟に映し出された影絵だと表現した西洋の学者は、きっとその本質を理解していなかったのだろう。人生に
*****
「なーに、見てんのっ?」
ニュースに目を通していると、画面を突き破って、一人の少女が私の目に飛び込んできた。だーん、とテーブルを勢いよく叩く制服姿の少女。琥珀の瞳と快活な笑みがこちらに向けられ、
いまや紙の本なんてほとんど需要がない。小説を読むにしても、あらすじを知るにしても、〈ヴィアヴァスタ〉が大抵のことなら解決してくれる。その本が洋書なら、読むよりも速い速度で自然な日本語に直され、かつ望めば
さっきまでは。
私は溜息をつくと、画面を閉じて目の前で屈託のない笑みを浮かべている幼馴染に向き直る。
「別に? 何でもいいでしょ?」
「
また難しいことでも考えてたんでしょ、とでも言いたげな様子で眉間を弄ろうとする
私は、カウンターに身を乗り出す
けれども、〈ヴィアヴァスタ〉の情報収集能力をもってすれば、町のなかに紛れているテロリストを発見することは容易である。昨日、
「そうだ!! 面白い都市伝説、教えてあげる」
「超能力者じゃなくて、〈悪魔使い〉って言うんだよ。読んで字のごとく、〈悪魔〉の力を使える存在」
そうして、話し始めた内容は、〈悪魔〉に愛されてしまった者が、情報管理局の人間によって
そもそもマクスウェルの悪魔とは、熱力学第二法則に反する存在として一八六七年に想定された思考実験の産物だ。物事は時間経過とともに複雑性を増してゆく――例えば、ミルクとコーヒーが同じカップに入れられると、時間経過とともに混ざり合っていく。そして、その逆はあり得ない。外部からの力なしに、カフェラテがミルクとコーヒーに分けられた状態に戻るわけがない。けれど、もしもこの逆転現象を可能とする存在がいたとしたら? こうした存在が、思考実験の提唱者であるスコットランドの物理学者ジェームズ・クラーク・マクスウェルの名前からとって、マクスウェルの悪魔と名付けられた。ちなみに、現代では情報熱力学の発展により、この存在は否定されている。
けれども。
世界は複雑性を増しているというのに、分けられ続けているものが存在していた。それは、自己と他者である。同じ「世界」という名のカップに入れられているというのに、混じり合うことなく存在している。これはどういうことか? まさに熱力学第二法則――エントロピー増大の法則に反した現象。
認識上に棲み、自己と他者を分け続ける〈悪魔〉。この存在は、無限にも近しいエネルギーを有している。そんな〈悪魔〉の力を自在に扱える存在のことを、彼女たちはこう呼んでいるのだ――〈悪魔使い〉と。
そして、超常の力を操る〈悪魔使い〉たちは、情報管理局に対するレジスタンスを形成して、〈ヴィアヴァスタ〉が作り上げる秩序に対して挑戦しようとしている。……というのがこの都市伝説のオチだった。
「――くだらない。ただのオカルト話だよ」
私は視線を逸らして、馬鹿馬鹿しい話だと切り捨てる。変なことを思いつく人もいるものだと。都市伝説とは、詰まるところ知的な連想ゲームだ。だから、変に頭の回転が速い人たちが創作をおこなう場合があり、なかには聞いていて圧倒されてしまうような話もある。けれど、詰まるところは創作なのだ。怪談と同じように、楽しむくらいがちょうどいい。のめり込めば、破滅が待っている場合が多い。
私の反応が気に入らなかったのか、ムッとする
――それ以上は、駄目だよ。
心のなかで警告する。
〈ヴィアヴァスタ〉が望んでいるのは、強烈な個性を持つ個人ではない。むしろ、均質化され平均化された個人だ。外れ値は必要ない。秩序のためには害悪ですらある。求められているのは、自己と他者が混ざり合った世界。この世界に悪魔は必要ない。
「ねぇ、
「……ッ!!」
その場を去ろうとする私の背中から聞こえてくる言葉を振り切る。同時に、私は奥歯を噛んだ。
もちろん知ってる。
超能力者……いいや、〈悪魔使い〉の
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