夜に書ける

@aiba_todome

書け

 夜にしか書けない。そういう人間もいる。つまり俺だ。


 とにかく日が高いとアイデアがわかない。登場人物は俺と12時間の時差があるようで、昼間だとベッドに入って寝ているようだ。俺の書く小説に、そんな健康的で遵法精神にあふれたやつなんて一人もいないんだが。


 日が沈みきって残照も消えたころ、俺は散歩に出た。雪も溶けて風も切れ味が鈍い。出歩くにはいい季節になっていた。散歩の途中でスマホで書くのもいいし、アイデアをまとめて帰ってから書き上げてもいい。夜の俺は無敵なのだ。


 適当にぶらつくだけで、脳みその奥でわけの分からない化け物共が元気に殺し合う。ヒロインがわらわら出てきてツンデレなセリフを吐き出す。世界は滅んだあと一巡してまた滅んだり復活したりする。

 それを画面に打ち込みながら、空を見上げておぼろな月の光を受ける。月は狂気を呼び起こすというが、狂っていなければ文章は書けない。


 サメが忍者の話とサメが令嬢の話とサメが地球に衝突する話を一気に書き上げて、俺は住宅街を抜け、人気のない山のふもとで叫んだ。


「書ききれねえっっっ!!」


 そう、アイデアは無限に浮かぶし調子よく文字を打ち出せるが、それだけで小説は出来上がらない。ストーリーを一つの流れにするために取捨選択しなければならないのだ。

 夜になると妄想がはかどり過ぎて書くべきものが無限に増える。そして明けない夜はない。


 徐々に空が明るくなる。朝焼けは非常に感動的だが、同時に俺の創作意欲は一夜で溶けるキノコのように薄れていく。昼の自分はまさに産廃。能無し。実のない無花果いちじく。生麦生米生卵。何をやってもダメだ。

 俺は気落ちして家路につく。今日もダメだった。良かった時期なんてあったためしはないが。


 こうして、いつかサメラノベを創作のメインストリームにするために書き続けた作品群に、新たな1ページが加わり、今日も完成の日の目を見ない。

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