田舎者の「おつまみどうする?」散歩

とざきとおる

夜の王都を散歩……やめられないねぇ

 私の名前は、マグローリン。


 今日は数日かけて、都会に収穫した魚の納品にやってきた25歳の男だ。


 漁場から急いで数日かけて魚を届けるため、ここにつく頃にはへとへとだ。なので普段はこうして納品に来る日の夜は、ここで宿をとる。宿代は納品するお得意さんがもってくれるので、田舎者の私でも都を歩くことができる。


 田舎と都の大きな違いはやはり夜でも明かりがあることだろう。だから夜街を歩くのは、田舎者の私としては一番都に来た感じがして好きなのだ。


 そんな私は、最近、夜に開いてる王都のどこかの店で1杯の酒を飲み、おつまみを食べる自分へのご褒美にハマっているのだ。


 だから、疲れている体を無理にでも動かして、今日も私は夜に街へ繰り出す。


 タートルリベリアは魔法による明かりがあるからか、月が沈み始める真夜中でもやっている店がけっこうある。


 夜にやっているそういう店には、なかなか面白い店が多い。


 ちなみに私はここに来るときに、どの店によるかは決めてこない。


 夜中に響く人の盛り上がりの声に耳を傾け、あるいはうまそうな酒やおつまみのにおいを鼻で感じながら、これは! と思うものと出会うまで、街を歩き続ける。


 大自然に囲まれながら静かな村を歩くのもいいが、私はこういううるさい真夜中も、田舎では味わえないかわくわくするものだ。


 ん? んん。おお。


 右手前方、やや明かりが薄い店。あそこから1人の青年が嘆きながら、飲んでいるような気がする。


 今日はその店に引っ張られてみようか。





 串揚げ……。これは新しい。


 田舎者の私は初めての出会いだ。


 カウンター席のみというのはなかなか冒険しているな。木の椅子とカウンターはつやがある。きれいに手入れされている証だろう。こういう店は信頼できる。


 なるほど、炎魔法を熱源にしながら油を温め続けられるからこそ成り立つ商売なんだな。揚げ物は好きだ。


 だが魚介はよく食べるから、せっかくなので野菜と肉を中心にいただいてみようか。


「もうやだ。やめるもんあんな職場ぁ。くそぉ」

「ハンスどうしたん。今日はずいぶん荒れてるじゃないか。いつもはお酒なんか飲まずに飯を食いに来て。この大衆感が安心すりゅって言いに来るだけなのに」

「弟子に。師匠はなさけなくて不憫な不幸体質でかわいい、とか友達の前で馬鹿にしてるの聞いちゃったんだよぉ。俺だって頑張ってるんだよぉ」

「ははは。言われるうちが華さ」

「確かにさぁ、俺はクソザコ魔法使いかもしれないけどざぁ」

「あんたがクソザコ魔法使いなら、王立魔法騎士団はほぼクソザコじゃないか」

「そうやって嘘でも褒めてくれるのはアンタくらいだよ。とししたのねぇ、弟子にくらい、尊敬の念とともにちやほやされたいもんだよ。ほかの人の弟子はああなのに。それならまだやりがいもあるのに。あの子は俺を生温かな目でばかりみる」

 と店の女将になだめられている男。


 その隣の席しか空いていなかったが、私はこういうのは気にしない。聞く分には、他人の不幸は良い肴だ。まあ、私もよく言うから人のことは言えないだけかもだが。


「いらっしゃい」


「ブレッツビーア。バイロー赤身とびれじイモに青ビネグァをもらおうかな」


「あーい。ハンス、ほどほどにしなよ」

「あーい」


 じゅうううう、と音がして、すぐにいい匂いが飛んできた。


「すいません。俺が隣で」


 ハンスと呼ばれた男が私に謝ってきた。ほう、気遣いができる方なんだなぁ。


「え、ああ。いやいや。そういうのも醍醐味ですよ」


「いや、普段は気を付けてるんですけどね。いやぁ、情けない」


「乾杯しますか? せっかく酒がある」


「……ははは。他人に絡まれるのは久しぶりだなぁ。仕事で出世してから、隣に座る人もいなかった。じゃあ、ぜひ」


 早速やってきたグラスをぶつける。


 一口。ぐぅ……やっぱりビーアはジョッキに限る。


「16歳で酒が飲めるようになってきたとき、先輩に連れてこられて飲まされたときは、まずかったのになぁ」

「ははは。同じく。ただ飯はうまい」

「そうそう。だからそれで気をまぎらわして」


 赤身肉の串揚げがやってきた。一口かぶりつく。


 うん。赤身は焼き具合でうまさが変わるが、ここのは焼き加減が最高だ。


 これは、当たりだな。





 酔ってきたら、いつのまにか気が合って、ハンスさんとは互いに日ごろの愚痴を言いあって、盛り上がった。楽しかった。


 実はすごい魔法使いだと知って、無知な自分が恥ずかしかったが、まあ、こういうのもいい経験だろう。


 意外な出会いも、王都での夜の散歩から始まり、運命に身を任せて起こるものだ。今日行ったところは当たりだった。


 今度後輩を連れてきたときに、王都の通ぶれる店だろう。


「まあ、1人で来たときは次回も気の向くままに行こうか」


 私の今日の夜の散歩はおしまい。次に来るのはまた魚を納品しに来る1か月後。楽しみだなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

田舎者の「おつまみどうする?」散歩 とざきとおる @femania

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ