第9話 自称嫁VS幼馴染VSダーク〇イ

 放課後の生徒会室。


「ん? ライト? どうしたの? 聞こえなかった?」


 「トントントン」と机を指で叩きながら、額に青筋を浮かべたオリビアが、俺に問いかける。


 どうしてこうなった。


 突如として訪れた、命の危機。

 大げさと言うことなかれ。

 普段から強気な性格のオリビアだが、怒ったときはその比ではない。


 一度、二人で村をまわるという約束をすっかり忘れて、近所の女の子と追いかけっこで遊んでいたことがある。

 翌日、どこかの畑からとってきたであろうナタを片手に、一日中追い回された。

 あの時が、俺が人生で初めて「死」を感じた瞬間だった。


 そんな実績のあるオリビアのことだ。

 今の彼女ならば、俺が一歩間違えた次の瞬間、聖剣を振り抜いていてもおかしくはないだろう。

 この距離では、仙術も間に合わない。

 仙術は、その効果を発揮するまでの時間で僅かばかり加護に劣る。


 師匠。

 これが、己の力を過信した末に訪れる「敗北」ということなのですか……。


 トントントントントントントントン――。


 俺がこうして考えている間にも、オリビアの機嫌がみるみる下がっていくの感じる。


 マズい。

 未だ状況は意味不明だが、とにかく何かを言わなければ。


「オリビア、落ち着いて聞いてくれ」


 その言葉に、彼女の指が止まる。


「『落ち着け』ですって? 私は常に冷静よ。それはもう、もの凄く冷静よ。具体的には、私を守ると言って去った幼馴染が、他の女と同棲してイチャイチャしていたとしても、言い訳を聞いてあげるくらいに冷静よ」

 

「…………」


 どうやら、早速何かを間違えたらしい。

 ノアに散々「察しが悪い」と言われてきたが、まさかこのタイミングでそれに足を引っ張られるとは。

 こんなことになるのなら、師匠の話に出て来た「リトさん」なる人物の話をもっと聞いておくべきだった。

 曰はく、「リトさん」とは、多くの女性に愛されながらも円満に生き抜いた偉人だそうだ。

 とにかく、ここまできたら全てを嘘偽りなく話すしかないだろう。

 もとより、俺にはそんなやり方しか思いつかない。


 俺は、オリビアと目を合わせてハッキリと告げる。


「いいか。俺とノアは――」


「将来を誓い合ったラブラブ夫婦。幼馴染とかいう負けヒロインの付け入る隙はない。帰れ」


キィンッ――。


 瞬間、金属のぶつかり合う音。

 目にも止まらぬ速さで接近し、振るわれた聖剣。

 その狙いは俺ではなく、いつの間にか前に現れていたノアであった。


「チッ、仕留めそこなったわ」


 剣をしまい、悪態をつくオリビア。


「イヤン。剣を持った新種のゴリランガに襲われた。ライト守って」


 そう言って、ノアは俺の腰に抱き着いてくる。


「んなっ!? 誰が魔獣よ!! てか、何しれっとライトに抱き着いてるわけ? とっとと離れなさい! この泥棒女っ!!」


「泥棒? ふふっ。オリビアはお笑いの才能がある。誇っていいい。私とライトは加護で繋がれている。加護は神からの祝福。つまり、実質結婚。オリビアこそ、夫に手を出さないで」


 バチバチバチ。


 そんな音が聞こえて来そうなほどに睨み合う二人。


「今、私とライトはとても大事な話をしているの。邪魔しないでくれる? そもそも、あんた仕事はどうしたのよ。今日のためにわざわざ用意したっていうのに」


「そんな見え見えの罠に引っかかるのはオリビアみたいな脳筋だけ。私をゴリランガと一緒にしないでほしい」


 バリバリバリ。 


 比喩抜きで、二人の間の大気が震えだす。


 「……どうしてこうなった」


 俺は、いっそ手放したくなる意識を必死につなぎとめながら、この場を治めるために二人の間地獄に割って入る覚悟を決めたのだった





 あの後、ひとまずノアを体から引き離した俺は、オリビアに今日までの十年間のことを大まかに説明した。

 師匠のこと、ノアのこと、仙術のこと。

 そして、俺の目的のこと。

 一度で抱えるのには多すぎる量の情報ではあったが、なんとか飲み込んでくれたようだった。

 話を聞き終えたオリビアが、静かに口を開く。


「つまり、ライトはノアと結婚しておらず、恋仲でもなんでもない。さらに、その、じょ、女性経験もまだないということね! こほんっ! 取り敢えず、それが分かったからよしとするわ」


 少し赤くなった顔で、そう頷くオリビア。


「そうか」


 よく分からないが、なんとか怒りは収まったらしいので一安心だ。


「むぅ……、『婚約事実刷り込み作戦』は失敗」


 一方、何故かノアは少し落ち込んでいるように見えた。


「でも、あの脳筋女は相手にもならない雑魚。HENTAIが言ってた。『暴力系ヒロインは最近流行らない』と。時代は銀髪クール系美少女。私の一人勝ち」


 かと思いきや、「ふふふっ」となんだか悪い笑みを浮かべていた。

 やはり、女心はよく分からない。

 俺は、改めてそう感じた。


「ひとまず、私が一番知りたかったことは今ので聞けたわ」


 そう語るのはオリビア。


「後は、まったり昔話に花をさかせましょう――と、言いたいところなんだけど、そうもいかないの。理由は、分かるわよね?」


「ああ、魔王軍についてだな」


 俺たちの共通目標。


 ”魔王討伐”


 そのためには、こちらの持っている情報と、オリビアの持っている情報。

 それらをここで、すり合わせておく必要があるだろう。


「まず、ライトたちに聞きたいんだけど、加護についてどれくらいの知識を持ってる?」


「加護……か」


 「神の祝福」とも呼ばれる、絶対の力。

 加護を持つものと持たないものでは、文字通り存在の格が違う。

 その隔絶は、死すら隔てるほど。

 しかし、それ以上の話となると知っていることは多くない。


「……なるほどね。その顔を見るに、世間的に知られている程度の情報しか持っていないとみたわ。師匠とかいう人は教えてくれなかったの?」


「ああ。師匠も、加護については詳しいことは知らないようだった」


 正確には、教えたくてもと言っていた。

 師匠は確か、


「世界の根幹にまつわる話じゃからのう、もしかしたら、世界の修正力で記憶に制限が……。はっ!? まさか、何度もお世話になった一枚絵たちの記憶が不鮮明なのも、世界の修正力というのか! 許さんっ!!」


といったことを口にしていた。


 師匠の言葉は難しく、全ては理解できなかったが、師匠の記憶にばかり頼ることはできないということは間違いない。


「そう。なら、まずはそこからね」


 そう言って、オリビアは語り出した。


「この世界には、計16の加護が存在するわ。その半分は魔族にのみ発現する。人類に発現する加護は次の八つ。


『勇者』、『魔法』、『聖女』、『守護』、『忠誠』、『繋縛』、『星詠み』。

そして、『救世』。


持ち主の適正によって形を変えるから、能力や名称が多少変わることもあるけど、おおよそこの通りよ」


 なるほど。

 恐らく、カーターが持っていた「雷の加護」が「魔法の加護」のことだろう。


「一方、魔族側の加護は全てはっきりとわかっているわけではないの。現状判明しているのは次の五つ。


『魔王』、『魔法』、『寄生』、『影詠み』、『終末』。


ここから、ヌルクスの討伐によって、人類側の『魔法』と魔族側の『寄生』が消えたわ」


「消えた――とはいっても、完全に消滅するわけではないんだろ?」


「そうよ。けど、『聖女』や『星詠み』といった継承型の一部加護を除いて、持ち主が死んだ加護は、次生まれる赤子の中で最も適性のある者に宿る。だから、実質無いものと思ってもらって問題ないわ」


 つまり、残る加護は互いに七つということか。


「現在、人類側で持ち主を把握できていないのは『救世』のみ。これをどれだけ早く見つけられるかが、一つの勝負所ね」


 そう言って、オリビアは話を結論づけた。


 「救世の加護」

 この加護の持ち主を、俺は知っている。

 なぜなら、『救世』に選ばれし者こそが、この世界のなのだから。

 しかし、それが分かったところで現状は変わらない。

 俺たちが、主人公を見つけられていないからだ。


「ねえ、その『救世』って、既に持ち主が死んでいるってことはないの?」


 先ほどまで黙って話を聞いていたノアが口をはさむ。


「それはないわ。もし加護の持ち主が死んだのなら、『星詠み』が感知するはずよ。だから、間違いなく生きている」


 オリビアはそう断言した。


 主人公はいない。

 けれど、「救世」の保持者は死んでいない。

 事態は、当初の想定よりも複雑になっているようだった。


「加護について私が教えられるのはこのくらいね。それから、もう知っているかもしれないけど、加護持ちであるノアは既に生徒会入りしたわ」


「ああ。ノアから報告を受けた」


「それで、ライトの方なんだけど……。本当によかったの? ヌルクス戦のことを正直に話せば、すぐさま選抜クラス行きだったのに」


「それも以前話した通りだ。もうしばらくは、力を隠しておきたい」


 次のキーイベントで敵対する相手は少し特殊だ。

 一度警戒されると、イベントの進行を把握しづらくなる。


「そう。わかったわ。ライトを信じる」


 これで、おおよその方針は決まった。


「さて、思ったより時間を食ったし、今日はもう帰りましょうか」


「そうだな」


 余裕はまだある。

 必要以上に詰め込むのも、かえって効率が悪いだろう。


「ふぅ、やっと私たちの愛の巣に帰れる。ライト、晩ご飯の材料がないから、町によりたい」


 ノアが俺に提案する。


「ああ、それなら今晩は気にしなくて大丈夫よ。食材は私が持っていくし、料理もするから」


 すると突然、帰り支度を済ませたオリビアがそんなことを言い出した。


「オリビア、家に来るのか?」


「あれ? 言ってなかったっけ?」


 そう言うと、彼女は当然のことのように俺に告げた。


「今日から私も、ライトの家に住むことにしたから」


「は?」


 ノアの口から、聞いたことのない驚きの声がもれる。


 こうして、俺の日常にオリビアの姿が加わることになった。

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