マイノリティーな私たち

@sekisei_9

美優と千秋


千秋ちあきちゃん。あのね、私千秋ちゃんのことが好き。恋情的な意味で」

 それを聞いたとき、そんなに嫌な感じはしなかった。今までこれまで沢山お世話になった先輩だからかもしれない。

 こんなことは初めてだ。ずっと嫌いだった恋愛話。だからこそ、勘違いしたくなってしまう。

「先輩、わ、私も……」

 言ってはいけない。取り返しがつかなくなるかもしれない。

「私も……美優みう先輩のこと……好きです……」

 嘘は、言ってない。

「……そっか。じゃあ私と付き合ってください!」

 先輩は笑顔で手を差し出す。

 私は首を縦に振ってその手を取った。


 それが失敗だった。

 私は先輩の優しさに甘えて過ちを犯した。

 無責任だった。


 それから約一か月間、私は何度も先輩を傷つけた。


「あ……ごめん……」

「あ……いえ、私こそ……」

 手を繋ごうとした先輩の手をはねのけた。

 先輩を戸惑わせた。


 笑った私に先輩が抱きついて、言う。

「千秋の笑顔がやっぱり一番だね。ほんとに、好き」

 耳元で先輩の言葉が響く。それに少し違和感を覚えて。

「ありがとうございます……」

 ただそう言って先輩を抱きしめた。

 好きという言葉も返せず。


 それでも、暗くて寂しい夜には「先輩、好きです」と無責任に言葉を放った。

 先輩の背中に抱きついて甘えた。

 都合よく。先輩の気持ちなんて考えるだけ考えてそのままにして。


 そして、今日も。先輩の優しさに甘えて。

 雰囲気は完全に整っている。そっと私の唇に先輩の唇が迫る。

 さっき私は覚悟を決めたはずだ。それで頷いたはず。なのに私は。

「……」

 顔をそむけてしまった。

「ねえ、千秋」

 ひどく悲しそうな顔で、涙をこらえる声で先輩は言う。

「本当は……私のこと好きじゃないんだよね……」

 俯いた顔から涙が落ちた。

 本当に酷いのはこういう時にすぐ言葉を返せないところだ。

 好きだけど、好きじゃないなんて。もう、そう言ってしまおうか?

 理解されないかもしれない。傷つけるかもしれない。

「せ、先輩……私は……」

 いやでもこんなのおかしいと思ってしまって言葉が詰まる。喉の奥がきゅっとなって喉がカラカラになって。

 私の言葉を待つ顔が向けられる。

「…………」

「好き……です、先輩のことは……好きなんです」

「…………」

「でも、多分、それは先輩の好きとは違って……」

 初めての告白だった。家族にも親友にも言ったことのなかった、言えなかった私の秘密。

 人を好きになる感覚、感情、恋愛感情が分からないという私の秘密。


 私が話し終えると先輩は優しく頷いた。

 そしてそっと私の肩を抱いた。

「なるほどね……。恋情が分からない……」

 ああ、どうしてここまで優しいんだろう。

 その分、罪悪感が募っていってしまう。

「……どうして、先輩は私にこんなに良くしてくれるんですか……? 私はいつも先輩の好意を跳ね返してばかりなのに……」

「好きだから」

 真っすぐな瞳が私を捉える。

「そんな……」

 こんな時にどう返したらいいのか分からない。好きって、言えない。

 私は、先輩の気持ちに応えられない。

「じゃあもし、好きじゃなくなったら? 先輩が私のこと好きじゃなくなったら?」

 違う。そんなことが言いたいわけじゃないのに、自分のことばかり口から出てしまって。

「先輩が私のことをなんとも思わなくなったら、一方的にもらっていた気持ちがなくなってしまったら、私たちの関係はそれで全て終わってしまうんですか……?」

 何を言ってるんだ。今聞きたいことがあるのは先輩の方だろうに。

 それでも先輩は私に答えてくれる。

「好きじゃなくなったらか……。……それはその時にならないと分からないかな。それに、今からそんなこと考えてても仕方ないと思うよ? ごめんだけど私、まだ当分は千秋のこと好きだと思うから」

 優しい笑顔、そして言葉が続けられる。

「ていうかさ、千秋は私の一方的な気持ちが心変わりしたら急に関係が切れて絶縁みたいになっちゃうかもしれないと思うと怖くてって言ってたけど、それってよくある恋愛関係とか友達関係とかでも同じじゃない?」

 ……そうなのかな? 正直よく分からない。

「んー、じゃあ一回想像してみて。そこら辺によくいる男女カップルね。もしその二人のどっちかが『私、もうあなたのこと好きじゃない』って相手に言ったら? 例えば私と千秋。もし千秋が私のことを『実はもう好きじゃない』って言ったら? カップルでも私たちでもそう。たとえ片方がずっと思い続けてても、思いが一方通行になったらそれでもう終わっちゃうよね。だから、千秋が心配してることってそんなに心配することじゃないっていうか、心配しても仕方ないと思うんだよね」

 確かに、そうかもしれない。でもそれじゃあ結局私と先輩は一緒にいられないの? ……だって先輩の気持ちは一方通行だから。

「それじゃ先輩の気持ちはどうなるんですか。私は先輩に恋愛感情がないのに……」

「千秋、私のこと嫌いなの?」

「あ、いや! そういうことじゃ……。……先輩のことは好きなんです。大好きです。でも、先輩と同じ好きじゃなくて……」

「だよね」

 何度口にしても悲しくなる。ずっと先輩の気持ちに応えられないと、先輩を否定している気分になってしまう。涙が、こぼれる。本当に泣きたいのは先輩の方だろう。好きじゃないと何度も言われて。

「私、これでいいって思うよ」

「え……?」

「千秋が私のこと好きって言ってくれるならどんな好きでも、私はいいよ」

 頬に手が添えられる。涙を拭ってくれる。その先には微笑む先輩の顔があった。

「勘違いして勝手に喜べるから、って意味じゃなくてね。だって、どんな好きでも好きならさ、私のこと大切に思ってくれてたり、慕ってくれてたりするってことじゃん? 一緒にいるとちょっと楽しいとかそういう軽いのでも、要はプラスの感情を持ってくれてるってことでしょ? だったらそれで私は十分。だからね」

 ぎゅっと抱きしめられる。

「これからも一緒にいてよ。どんな好きでも嬉しいし、大丈夫だから」

 ぎゅっと抱きしめ返す。言葉に出来ない分を腕に込めて。

「先輩、ありがとうございます。本当に大好きです、先輩」

「うん、私も」


 その後、先輩はこんな話をしてくれた。

『私さ、今日千秋の話を聞いて思ったことがあってね。人と人との関係に名前なんていらないのかなって。友達とか、恋人とか、そういうレッテルっていうの?』

『じゃあ私たちの関係って……?』

『私と千秋。それで十分で、それが全てなのかな、なんてね』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マイノリティーな私たち @sekisei_9

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ