月の光と風の声
零
第1話
大きな満月が浩々と下界を照らしている。
私はその月明かりの下を歩いていた。
乙女座の満月。
その手の話には詳しくないけれど、そういう月らしい。
乙女座、と、聞くだけでなんだかいつもよりロマンチックに見える。
私は月を見上げて微笑した。
夜の散歩は私の日課だ。
いつから始めたのかは覚えてないし、きっかけもはっきりしない。
けれど、私はいつも夜になるとついつい外へと出てしまう。
月と夜風に誘われるように。
辺りに誰もいないのをいいことに、私は小さく鼻歌を歌いながら川辺を歩いた。
あまり水は好きじゃないけれど、水面に映る月を見るのは好きだ。
川は大きくて、流れは穏やかだった。
水面の月は流れに合わせて歪み、波の端にキラキラと輝いて美しい。
私は鼻歌の最後の音を、高く長く伸ばした。
夜の風に声が溶け、月まで届くようで心地いい。
「月がきれいですね」
ご満悦だった私にどこかで聞いたようなセリフが突然投げかけられた。
振り向くと、同じ月明かりの中に私と同じ影が一つ。
「あなたの歌も」
影は恭しく頭下げた。
「どうもありがとう」
私は恥ずかしさからちょっとつっけんどんに応えた。
「よろしければ、一緒に散歩しませんか?」
月明かりの中に見える顔は知らない顔だ。
まぁ、珍しいことじゃない。
「ご自由に」
私はそう言って歩き出した。
私は時々意地悪をして、急に駆け出したり、木に登ったり、塀の上を歩いたりしたけれど、彼はずっとついてきた。
時々、二言三言言葉を交わす。
歌も歌う。
彼の声を好きだなと感じるころ、月明かりの中で、ゆらゆらと二本のしっぽが揺れていた。
家に着くころには朝日が昇っていた。
「あなた、家は?」
私が問うと、彼はまぶしそうに眼を細めた。
「旅が好きで、来たばかりですよ」
まぁ、男はそんなものよね、と、私は思った。
「一緒に来れば?この家の人、猫好きだから、ごはんくらいくれるわよ」
そう言って、私は私専用の小さな入り口から家の中に入った。
今度からは、彼と共用になるかもしれないと、心のどこかで思いながら。
月の光と風の声 零 @reimitsuki
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