落札者

 落札者がパープルのカラコンを差し出す。

「これを付けて」

 彼は高いお金を払って私を購入した。だから、好みの外見に変更する権利はあると思う。だけれど、身体からだを私の意思で動かすことは出来ない。身体からだは、差し出されたカラコンを受け取ろうとはせず、ただ立っている。


 落札者は、動こうとしない私の目に、カラコンを装着する。その後、落札者に手を引かれ、併設されている美容室の中へ連れていかれる。

 落札者が美容師に何やら要望を伝えている。

 私の意思や好みとは関係なく完全にお任せ。こんな恐ろしい話はない。どんな髪型に変えられてしまうのか、不安で仕方がない。


 腰まで伸ばした髪はバッサリ切られ、ボブヘアにされる。

(控えめに言って、許さない!)

 落札者は、私の感情にはお構いなし。施設の外に出てしばらく歩く。髪が短くなり、あらわになった首の後ろ、うなじがスースーする。

 ぶるぶるぶるぶる! 寒いのは服を着るまでの辛抱! 次は服。それが当然だと思ってついていく。


 落札者が立ち止まったのは、公園のベンチに座っている女性の前。

(知り合いかな? それよりも先に私の服を!)

 ぶるぶるぶるぶる――私の身体からだが、小刻みに震えている。意思とは無関係に身体からだが勝手に動く、不随意運動は生じるようだ。

「魔力袋だ」

 私を紹介していることから察するに、ナンパではなさそう。挨拶をした方が良いのかな。

「はじm」

 挨拶の途中で女性は立ち上がり、私の発言を遮る。

「行くわよ」

 会話は、私の発言に関係なく進む――母のときもそうだった。それでも、やっぱり言いたい。

「私の紹介、それだけ? もっと何か……」

「何かあるのかしら?」

 女性が私の発言に応答する。会話が成立するのは、想定外の出来事。聞きたいことは山ほどある。

「私と会話出来るの?」

「当然でしょ。無いのなら行くわよ」

(うわー。折角の機会を不意にしてしまった)

 私に背を向け、歩き出した彼女の手を、咄嗟に握る。理由はわからないけれど、私の意思通りに身体からだを動かせた。動かせるときと、動かせないときがあるようだ。


 目覚めてから、私の意思で話しかけても応答する人は居なかった。私が知らないだけで、会話をしてはいけない制度でも新設されたのだろうと、飲み込んでいた。今のところ、彼女は私との会話が成立する唯一の存在。

 彼女は今、私の手を離さず握ってくれている。

(この機会を無駄にしたくない。話しかけてみよう)

「どこに向かってるの?」

「ダンジョンよ。そのためにあなたをパーティに迎えたの」

(よくわからないけれど、パーティといえばドレス! これから着せてくれるのね。どんなドレスを用意してくれているのか楽しみ)


「あなたは後ろに居て。邪魔だから、絶対に前には出てこないでね」

 従者じゅうしゃとしてついて行く感じだろう。オークションで買われた私が、前に出るなんて烏滸がましい。そんなことをしようとは考えてもいない。

 あくまで、彼女を引き立てる役割。念のため、距離感の確認をしておこう。

「うん。半歩くらい後ろに居ればいい?」

「ダメに決まってるでしょ! あなたが居るのはかなり後ろ。見えないように隠れていて。邪魔だけはしないでね」

 決まっているらしい。覚えておこう――そんなことはさておき、有限の機会。しゅんとしている暇はない。次の質問をしよう。

「わかった。あなたのこと、なんて呼べばいい?」

肉壁にくかべ。肉の壁で、肉壁にくかべよ」

肉壁にくかべさんですね。覚えました」

 間違いないことを確認するため、復唱した。

 私の呼称、魔力袋も酷い。けれど、彼女の名前も酷い。壊滅的なネーミングセンスに苦言を呈したいものだ。


 肉壁にくかべに視線をやる。身体からだの露出部が目を引く。腕に脚、お腹、どこも引き締まっている。それにしても無駄に露出が多い気がする。人の好みに口を出す趣味はないけれど、きっと見せたがりなのだろう。毎日腹筋の写真を撮って、SNSに投稿しているタイプの人だと内心で呟く。


 肉壁にくかべは歩いていた足を止め、腰を落とし構える。

「おしゃべりはここまで! モンスターが出てくる。後ろに下がって、隠れていて」


 ――モンスターが現れる。

 例えではなく、滑らかな動作に本物のような質感。クオリティが凄まじい。まるで映画。技術の進歩に感心する。

 私は大きな勘違いをした。ハロウィンのような、楽しい体験型のイベントだと認識した――。


「私は何をすれば良いですか!?」

「早く下がって。何もしないで」

 肉壁にくかべに言われた通り、後ろに下がる。肉壁にくかべは、モンスターから集中攻撃を受けている。反撃をせずひたすら攻撃され続ける。まさに袋叩きという状況。


 飛び散る血がリアル――肉眼で見られる、最新のVRかな。肉壁にくかべのまぶたや頬が変色している。痛々しく腫れていくのが、遠目にもわかる。でも、何かを塗ったりしている素振そぶりはない。

 しっくりくる表現は――今、私が見ているのは現実で、あれは血糊や特殊メイクではない。これは、楽しいイベントなんかではない。

 仮に現実だとしても、私に出来ることは無い。肉壁にくかべ から、『絶対に前には出てこないでね』と言われている。私は、状況を変えられるようなものを持っていない。格闘技の技術や経験も無い。前に出たところで、モンスターになぶり殺されるだけ。

 勝手に動いていた私の身体からだも動き出さない。つまり、私は前に出るべきではないということ――。


 私と一緒に草隠くさがくれし、隣で肉壁にくかべを見ている落札者が呟く。

「これはすごい」

 落札者は見ているだけ。

(助けないの? 落ち着け私。男だから助けろなんて思考は、時代錯誤だ)

 国際イベントの委員会会長が『女性は云々』と女性蔑視発言をして辞任したばかり――それに私が言葉にしたところで、どうせ応答はない。落札者に何かを望んでも無駄だ。


「他にはどんなことが出来る?」

 周囲を見渡す。しかし誰もいない。落札者は、誰と話しているんだろう――よくわからないことが起き続けている。見えない何かと話しているとしても、不思議ではない。そんなことよりも、私に出来ることを考えよう。


 肩をトントンとつつかれる。

「魔力袋に聞いてるんだけど」

 右を向くと、落札者の目が私を向いている。(えっ、私?)

 私は何もせず、ずっと見ていただけ。

「私には何も出来ない」


「謙遜しなくていいよ。モンスターが物理攻撃しかしてこないのは、魔力袋が居るからだ」

 何の話だ? 肉壁にくかべ はずっと攻撃され続けている。落札者は、ずっと私の隣で見ていたのだから、私が何もしていないことは知っているはず。

 でも、『しかしてこない』という言い回しをしたということは、いつもよりは酷くないと解釈して良いのかな。落札者との会話は、成立しないと思い込んでいた。だから言わなかったけれど、応答するのなら言ってみよう。


「助けないの!?」


「そうだね。肉壁にくかべ にデバフをかけようか」

 よくわからないけれど、出来ることがあるのなら早くしてあげて欲しい。

 落札者は、私の肩に手を乗せ、肉壁にくかべ に向けて銃のようなものを撃つ――。

 私は、状況が良くなることを期待して肉壁にくかべ を見つめていた。けれど肉壁にくかべ は、先程よりも苦しそうに見える。

「足りないみたい。もっとかけられないの?」

「重ね掛けか。魔力袋が居るから出来るかも。採用」

 私は何もしていない。だから、何の関係も無いのだけれど――出来るのなら早くして欲しい。


 落札者は、再び銃口を肉壁にくかべ に向けて撃つ。

 しばらく様子を見ていた落札者は、モンスターに向かって歩き始める。肉壁にくかべ からは、かなり後ろに居るよう釘を刺されている。

「前に出ちゃダメだよ!」


 落札者が笑いながら、モンスターを一回パシッと叩く。するとモンスターは呆気なく消滅した。

「大丈夫、大丈夫」


 落札者は、何故同じ言葉を繰り返すのだろう。モンスターを叩いて笑ってるし――病んでいるみたい。多分、触れない方が良いだろう。


「戦闘はこんな感じ。肉壁にくかべ が攻撃を防いで、他のメンバーが倒す。役割分担をして戦う。要領を掴めば、一人でも倒せるようにはなる。時間はかかるけどね」

 あー、そうですか。落札者が、何やら説明をしてくれた。けれど、さっぱりわからない。要は、落札者が自分の役割を放棄していたから、肉壁にくかべ が痛い目に遭ったということ。それは、痛ぶることに加担しているのと同じだと思う。

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