私は魔力袋
「起きなさい。私のかわいい〝魔力袋〟や」
至近距離から母の声が聞こえる。
親子であっても接触は禁じられている。何故私を起こしに来ているのか。それよりも、聞き慣れない単語の方が気になる。
「〝魔力袋〟って何?」
「今日は旅立ちの日ですよ。この日のために、私は〝魔力袋〟を育てあげたのです」
育てあげたのですか――ツッコミどころ満載だけれど、その中でも特に気になること。
「どこへ旅立つのですか?」
母は、私からの質問に答えることなく、ひたすらよくわからない話を続ける。母は狂ってしまった――哀れだとは思う。けれど私には、現実味のない話に関心を持つ心の余裕は無い。
窓の向こうの風景に視線を遣る。時間帯は朝。丸一日眠っていたよう。眠っていた時間を認識すると、急にお腹が
しかし、
「ごはん食べたい。お腹すいた……」
母に何度も訴えた。
けれど母は無反応。食事の話題には一切触れず、一方的によくわからない話を繰り返すだけ。母はひとしきり話をした後、部屋を出ていった。
私は動けないから、目だけで母を見送る――部屋の扉がバタンと閉まると、何故か私の
私の
家中を歩き回り、家族に話しかける。全く同じ台詞を真顔で二度も繰り返す妹。母と同様、話し終えるまで一方的に話を続ける。
勝手に動く私。よくわからない話を繰り返す家族。今わかっている情報は、皆壊れてしまったということだけ――。
家の中を一通り歩き終えると、玄関を
(うひゃー。超寒い!)
私が身に付けているのは、薄手の寝巻きのみ。部屋は暖かいから、着込んでいない。
(せめてコートくらい着ようよ!)
そんなことを考えている間にも、どんどん歩き続ける。知らない人に片っ端から話しかける
まだ状況を飲み込めていない。混乱の最中ではあるけれど、一つわかったことがある。
『〝魔力袋〟さん』
何度もそう呼ばれた。何故か私の呼称は〝魔力袋〟になっていて、その呼称が見ず知らずの人にまで周知されている。
この違和感はなんだろう――。
(何故、屋外に大勢の人が居るの?)
普通だけれど、普通では無くなってしまった光景。外出禁止令が出されているから、あり得ない光景。政府の命令に従うことに反発しているのか、それとも皆壊れてしまったのか――。
考えている間も、私の
(待って。私、マスクを付けていない。そっちに行きたくない!)
苦肉の策で顔を背け、息を止めようと試みる――顔を背けることは出来なかったが、息を止めることは出来た。どうやら
密を通り抜け、階段を上りステージに立つ。
すると私がスポットライトで照らされる。
(何かのオーディション? 密になっている人たちは審査員?)
注目されるのは恥ずかしい。けれど、密の中に滞在させられるよりは断然良い。自問自答を繰り返していると、場内放送が流れる。
「お待たせいたしました。ただいまより、魔力袋のオークションを始めます」
(えっ……私、競売に掛けられるんだ……)
歓声が沸き起こる。ここに居る人たちは、人を買う目的で集まっている。
今までの私なら、人身売買なんてあり得ないと困惑した。だけれど、すっと受け入れられた。条件に合うだけで殺される社会に変容したのだから、売買対象にされたとしてもおかしくない。
私の周囲を、縦横無尽に動き回る複数のカメラ。背後の大きなスクリーンやモニターに目や口のアップから全身まで、くまなく写し出される。
(ファッションモデルの
諦めの感情を
(私を買う目的は何?)
最悪の答えも想像する。そうでないことを願い続けながら、終了を待つ――。
私を落札したのは普通の人。いや、人を買うような人は普通ではない。
(こんなに大勢の購入希望者が居るのだから、普通なのかな?)
考えてもわからないし、買われてしまった後の私が気にしても仕方のないこと。
少なくとも、買われる前から私は私の
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