向上心ゼロ、最弱で鬼畜なパーティプレイ

はゆ

プロローグ

 本邦は、国民に参政権を認め、選挙により政治家が選出される。複数政党が存在し、選挙により政権交代が可能である。定義の上では、民主主義国家である。

 そして、政治は主権者である国民の代表により行われる。国家の主権は国民であるという思想に基づき、国民主権的な政治を実現しようと努力するとしている――とはいえ、あくまで努力目標である。

 努力目標とは、目標のうち、達成する可能性は低いものの、達成を目指し努力することを主な目的とし、設定する目標のこと。努力するとしている時点で、目標は達成している。


 前出ぜんしゅつの国民とは、私たちのこと。

 具体的には、政府の支配を受け、言いなりになる者。政府の指揮・監督を受け、納税するためだけに存在する者。政府と隷属関係にある者を示す言葉である。

 異邦では、隷属からの解放を目的とする紛争が生じている。しかし、本邦は国民自身が隷属することを望み、この状態が維持され続けている。


 また、本邦の政府は、利権を維持することを主たる目的とする組織である。政界は、ネポベイビーと称される、二世や三世が侵食する縁故主義。このような政府は、世界中で本邦のみである。

 異邦の世襲議員の割合は、一割以下。居ても数パーセント程度。それにひきかえ、本邦与党の世襲議員割合は、半数を占める。首相においては世襲が七割を占める。

 本邦の政治家は、原則として世襲により就任すると表現しても、過言ではない状態となっている。


  * * * 


 先日。政府が、緊急事態宣言を発出した。

 国民に対し、会食禁止、集合禁止、不要不急の接触禁止を命じた。

 また、国民が運営する事業者に対しては、営業時間の短縮要請、および休業要請を行った。事業者には、国民が主体となって運営されているものと、利権化されているものが存在する。

 後者は、天下り、公共事業等を担う事業者。政治家との繋がりが強かったり、補助・助成・支援名目で補償され、浮世離れした運営がなされている事業者が該当する。


 結果、国民の社会が停止した。国民に対する制約は、緩和されるどころか、日々厳しくなる一方。終わりは見えず、いつまでも続く絶望感。国民の、我慢の限界はとうに超えている。

 それでも耐えていられるのが、本邦の国民である。


  * * * 


 昨日。ついに外出が禁じられた。家の中で家族に接することも推奨されていない。人間との接点は完全に絶たれ、孤立――。

 私は部屋で一人、ぼーっとテレビを眺める。それ以外にすることが無い。呼吸して、栄養を摂り、眠る。ただそれだけを繰り返し、生命活動を続ける。


 私の生活圏内に存在する、唯一の音源がテレビ。そこから、不快なアラートおんが鳴り響き、緊急速報が流れる。

『〝合理的排除実施法案〟が可決されました』

 聞き間違いではない。テロップにも、合理的排除と表示されている。

(こんな誤字はダメでしょ! 合理的配慮だよ)

 私は、誤りであると決めつけた。そして、気にも止めなかった。そんなことがあるはずはない――先入観が、受け入れることを拒絶した。


  * * * 


 ふと時計を見る。ちょうど正午。

 今朝の緊急速報を見た後、気付けば三時間が経過していた。とはいえ、こんなのはいつものこと。日頃から、夜がふけるまですることもなく、ただ起きているだけ。珍しいことではない。


 テレビから、再び不快なアラートおんが鳴り響き、速報が流れる。

『高齢者一万人の合理的排除が実施されました』

(えっ!? 排除って言った?)

 急いでスマホを手に取り、SNSを開く――拡散されている画像や動画は、目を覆いたくなるものばかり。


 トリアージ。それは助けられる命を守るために行うものと認識していた。しかし、政府により実行されたのは、条件に該当する者の殺処分。

 違法行為をしていない。悪いこともしていない。ただ条件に合致したというだけ。それなのに政府は、たったそれだけの理由で国民の命を刈り取った。

 まだ終わりではない。始まったばかり。これから更に多くの命を、平然と刈り取っていく。

(この世界は狂っている……壊れてしまった)

 一瞬で未来どころか、全てに希望を持てなくなった。


 スマホが鳴り、メッセージが届く。

『おじいさんが処分されたと、連絡があった』

 父からだった。


 今夜は、私が大人の仲間入りをする節目になるはずだった。期待に胸を膨らませ、迎えた大切な日――予定では、画面越しとはいえ、親族に祝ってもらえるはずだった。皆が驚く顔を見たくて、毎日特訓を重ねた。今日のために特訓していたのは、精霊術。端的に表現すると、精霊の協力を得て魔法を発動すること。


(そんな……おじいさんに見てもらいたくて、特訓を頑張ったのに……この先、誰かに精霊術を披露する機会は無い。今日のことを思い出してしまう……一度だけでいい。この一度に、私の全てを捧げる)

 部屋にある、全ての魔力増強剤を飲み干す。


《精霊様、力をお貸しください》

 手足がガクガクと震え、筋肉はピクピクと激しく収縮を繰り返す。


《精霊様、力をお貸しください》

 痺れと脱力感が、意識を遠のかせていく。

 頑張れ私!


《精霊様、力をお貸しください》

 ふわふわする。唇を力いっぱい噛み、痛みで辛うじて自我を保つ。


《精霊様、力をお貸しください》

 床に崩れ落ちる。身体からだを動かす力は残っていない。


《精霊様、力をお貸しくださ……》

 すっと意識が途絶える――。

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