手に届かない

Ashuran

 

 いつからこのような感情を抱いていたのだろう。何か大きな罪を犯してしまったかのようだ。ほんの一日前までは横顔だけが美しく見えた。どこかを見すえた美しい横顔、でもその中に成長途中のような幼子のような雰囲気も感じる。宝石のようだ。私には到底手の届かない美しさだった。私はその美しさに堕ちてしまった。宝石のように見た目だけではない。貴族のように見える利発さとたまに見える田舎娘のような活発さ。私の全てを捧げたい。捧げた対価として私の元へ来てほしい。そんなことを考えていた。


 ある日、桜が咲き始めたということで近所の公園へ出かけた。ぶらぶらと何も考えず歩いて辿り着いた。人目もあまり気にせずベンチにドサッと座り桜のことも忘れて読書をはじめた。何のために来たのやら、読み始めたと思ったら暖かさも相まって寝てしまった。……ふと寝てしまったことに気づき目を覚ました。目に飛び込んでくるのは霞んだ青い空ではなく、白い陶器のような肌色。これは人か。気にしなくていいなと思った。

ん?人…人?

あぁそういえば先程まで桜を眺めながら本を読んでいたはずだが。夢だろうか。いや、何故私の目の前に人が見えるのだろうか。というかこの距離感はまずくないか。

そんなことを思っているうちに目が慣れてきたのか徐々に見えてくる視界。私は恥ずかしくなった。罪とも思える恋心が心臓を刺激しバクバクと血液を送り出している。顔が熱い。

「あ…あの…すみません。すぐ起きます…」

声が裏返ってしまった。とても恥ずかしい。あまり話さないのが裏目に出てしまった。

目の前の人は話し出すかと思ったら、紙とペンを取りだし何か書き始めた。

[こんにちは、いい天気ですね。大丈夫ですよ。]

と書かれた紙を目の前に出された。綺麗な字だと思った。その後にこの人は声が出せないのかと気づいた。何故かゆっくりとした空気が流れている。

「あっ…こんにちは、お名前は?私は…というものです。」

少し時間を置き、

[名前は…です]

目の前の人は時間をちらりと確認する素振りを見せた。すると何かを書出し、

[会ってすぐですが、行かなければいけないところがあるのでお別れです。ありがとうございました。]

いつも来てますという紙を置いて…

あぁ…行ってしまった。また会えるのだろうか。


 何も無く夜まで過ごした。その時、どこからか救急車のサイレンが聞こえる。あぁいつもの事かと。夜も深かったので眠りについた。何も無く4日をすごした。また会いたいなと公園までまたぶらぶらと歩いて行ってみた。ベンチに座り少しザワザワとしている周りの声に耳を傾けて見ることにした。

『…あの家の娘さん亡くなってしまったんだって、可哀想に若かったのにね…』

悲しい事件もあるものだなと。そう思えば少し前に救急車の通り過ぎる音が聞こえたなと。あの子はいつも来てますと言っていたな。でも来ていない。不安になって公園をぬけその辺を歩きだした。悲しみにくれる人の群れを見つけ聞き耳を立てると「…さん亡くなったんだね」という言葉を聞き取ってしまった。もう居ないのか寂しくなる。やはり宝石は私の手には届かなかったか。あの夜が二つに分かれ、私が迎えに行けたなら、その羽をあなたの翼を恐怖に震えて空に逝く翼を取ってこの世界に取り返してあげたい。桜のような霞んだ匂いと血のような月をあなたに。

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手に届かない Ashuran @ashuranrii

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