一 孤独に覆われた世界で
ミーッ ミッミッミッミッ ミーッ
もう夏も終わり、弱り切ったセミが最後に一声上げてこの世を去った。
そんな様子を通りの隅で男がしみじみと見つめ、視線を町に戻す。
彼の名は伊豆守悠。
もうすぐ 28 になる彼は、自分が子どものころとは全然違う町並みを少し残念に思いながら歩き出す。
孤独病が世に知れてから早、十二年。
それは仕方ないことなのかもしれない。
孤独病患者は犯罪者として恐れられ、彼らが生きていけないような世の中を作りだしているのは見て分かる。
町からはコンビニやパチンコ屋、ゲームセンター、漫画喫茶など孤独な人でも行きやすそうな施設は消えた。
アニメや漫画、ライトノベルなども孤独者を増やすと言う理由で衰退した。
だが、服装は意外にもこのクールジャパンの流れを汲んだものに近づいている。
煌びやかで目立つ服装は一人で着るのは恥ずかしいため、みな羞恥心を持ちながらも頑張って着ていると言ったところか。
それでどうかなったかと言われれば、多少は患者を見つけることができたが、自分のように溶け込んでいる人もいることも事実である。
そう、彼も昔はそんなに派手な格好をしなかったが、今では体のあちらこちらに鎖を巻いていて、フード付きのマントで顔を隠している、何とも言えない状態である。
ただ、周りがそれ以上奇抜なので彼は目立っていない。
珍事件で一つ小話があるとすれば、孤独病の人が目立てばいいんだろうとカーニバルの格好をして機関に捕まったことがある。
どんなに世が変わってもほどほどに、が大切なようだ。
さて、そんな世界でマントをたなびかせている彼が歩いていると喫茶店があった。
昼も少し過ぎお腹が減ったところなので入ることにした。
カラン ラン
扉を開けると同時にベルが元気よく鳴る。
スッと中に入ると冷房の効いた涼しい風が体を通りぬける。
「いらっしゃいませ。待合ですか?」
メイド服を着た店員が迎えに来る。
ひとつ言うのであればこの御時世、喫茶店には基本メイドがいる。
これは先ほど服装の話をした時と同じ。
目立つようにしているだけ。
あと、こんな格好をした人がいても変に興奮しないかも見ているらしい。
どうやらオタクと孤独者はほとんど同義に見られているようだ。
「まぁ、そうだなぁ。外から見えやすい席にしてくれるかな。」
「かしこまりました。ご案内します。」
悠が案内されたのは窓の隣にある席。
外からも良く見えるので待合にはぴったりですよと、店員は笑顔で説明してくれる。
「そいつはどうも。」
別に誰とも会う約束をしているわけではないが彼は椅子に座る。
孤独病者が嫌われ、恐れられている現在では基本、人々が一人で行動することはない。
あるとしても家から待ち合わせ場所までなど、ほんのわずかな時間だけ。
そうしなければ周りが自分を孤独者と言う目線で見てくる。
悠にとっては当然の目線だが一般人にとっては不愉快だろう。
入店の時も『お一人』ではなく『待合』と聞かれたのもこのためである。
生きにくい世の中になったもんだなと思いながら、悠はミルクティーを注文する。
そして、まるで誰かを待っているように窓の外を見る。
窓ガラスが曇っているせいか蜃気楼のように見える世界がぼやけている。
偽りでなされた世界。
そうとしか見えなかった。
では曇っていない世界は? と思い店内を見渡す。
昔はカウンターだったような物置と狭い間取りになるべく多く置かれた机と椅子。
どこか無理をして作った空間に主婦が二組と大学生くらいの子が三人いる。
楽しそうに会話をしているが、大学生はどこかぎこちなさを感じる。
お見合いみたいだなと、思いつつマスターらしき人を探した。
カウンターの名残の中で作業しているメイドがいるからその辺に居るだろうと見るが、なかなかその影すら見当たらない。
ただ、彼女が誰かと楽しそうに話しているので、物陰に隠れているのかと思う。
まぁ、いろんな人がいるからな。
心の中で呟いてもう一度窓の外を見る。
ちょうどその時、メイドがミルクティーを持ってきた。
おいしそうな匂いを漂わせ、そっと机に置かれる。
ここで一つ、メイドがお茶を零すという事件が起きたら面白いのだが、そんなラブコメのようなことは起きない。
仕方なく、ごゆっくりと、と言って離れようとする店員を呼び止め、サンドウィッチを注文してまた窓の外を見る。
別に何も無いところを見るのが趣味ではないが、これでもお尋ね者である。
多少は気にしないとうっかり捕まったらシャレにならない。
何もないことを確認して、飲み物を口に入れる。
ミルクと紅茶の甘さが口に広がり、少しご機嫌になる。
そもそもこんなところでご機嫌になっているお尋ね者がいて良いのかと言われたら困るが、これが悠のやり方だから仕方ない。
現に山奥でサバイバル生活を送っている人もいるが、そんなことできるのは一部の人だ。
町中で正体がばれては逃げ、ばれては逃げの繰り返しでここ十年繰り返している。
彼も孤独なのだ、誰かにかまってもらっている方が嬉しい。
誰もこの気持ち分からんだろうなと、もう一口切なさと共に飲み物を飲み込む。
案外猫舌なのでのんびり飲んでいて、ようやく飲み干したころにサンドウィッチが届く。
卵が挟まれたものと野菜が挟まれた二種類が交互に置かれ、写真にとったらまさに映える一品だ。
食べるのがもったいないと思いつつもお腹がすいているので、遠慮なく食べる。
主婦がこちらを見て一人なのかしらと会話しているのが聞こえたがどうしようもない。
どうせなら約束もないのに待ったふりをしている自分に話しかけてくれと思う。
なんせ彼女たちが話していることは、あんな人が孤独になるのよねと、一種の陰口なのだから。
何とも言い難い感情をレタスと一緒にバリバリと噛み砕く。
あまりいい気分ではないが、食べ終わってすぐ出ていくのも待ち合わせに見えない。
仕方なく十分ぐらい待っていると電話がかかってきた。
「どうもどうも。何のご用件で。」
公共の場で平然と電話に出るのはマナー違反だったが、この数年ですぐ出ることの方が当たり前になっている。
テストや会議などの特別な場合こそ無理な話だが、基本出ることが世の流れだ。
孤独者に襲われたときに電話を掛けることが理由の発端だが、友人にかけてもなぁ、と悠は思う。
きちんと
さてさて、肝心の電話の相手だが、一言も話さない。
「ん~? どうした?」
と言いつつ、携帯の画面を見る。
暗かったディスプレイが明るくなり、相手の名前が表示される。
それを見て、彼は納得した。
見せかけコール。
携帯にある機能の一つだ。
簡単に説明すると、着信音が鳴るタイマー。
そのあと電話をするふりをしなさいと言う使う人は他にいるのかと思う機能だ。
孤独な彼がこんなことをする理由は友達がいる見栄を張るためでなく、今回のような場合に使うことが多い。
「あ~、そう。ならこれから迎えに行くよ。そのまま次行こうか。」
そう、待ち合わせと言ったにも関わらず一人で店から出る方法。
実際こんな経験をしている人も多いし、案外ばれない。
数年前までは。
「さてさて、行きますか。」
そんな独り言をつぶやいて彼はレジに向かう。
その道中に大学生の会話が耳に入った。
あれ、話す間合いおかしくなかった?
噂の見せかけコールじゃない?
へぇ~、やってる人初めて見た。
なら粛清会に連絡?
マジで待ってただけかもよ。
それならウケる。通報損じゃん。
手をたたきながら三人で盛り上がる大学生。
幸せなだなぁ、と悠は会計をすまし店を後にする。
そう言えば結局、店の主の顔拝んでないな。
ふと、思い出したが、そんなに気にもならなかったので頭をかきながら歩き出す。
空を見ると太陽は少し西に傾き始めていたが、暑さは未だに強い。
顔を隠す意味も含めて、フードをしっかり被る。
お尋ね者でなかなか一か所に留まれない彼だが、楽しみはいくつかある。
その一つが旅先での出会いだ。
美しい建物や景色などその場でその一瞬でしか会えないものをはじめ、モノ、動物、出来事と幅広い出会いを大切にしている。
その中で一番はやはり人だ。
孤独なのに人との出会いを大切にしているのかと、疑問に思われることもある。
人によって違うが、彼は孤独になりたくて孤独になったのではない。
それだけは覚えていてほしい。
だが、一人でいる状態をかなり怪しいと見る世の中だ。
なかなか、人との出会いなど起きない。
そこで、彼は周りの人を観察することも良くしている。
これは孤独病が流行る前からよくやっていたことだ。
ただ、彼の場合、ただ見ているだけでその本質が見えてないことの方が多い。
いや、大体の人はそうなのだろう。
だから、名探偵のように素晴らしい洞察力など持ち合わせていない。
それも人の面白み。
悠はそっと笑みをこぼした。
しばらく歩いているとランドセルを背負った子どもたちとすれ違うようになってきた。
どうやらこの近くに学校があるらしい。
この時間なので下校かと一人、納得する。
まぁ、不審者と間違えられても嫌だし、迂回するか。
と彼は来た道を引き返し、学校がなさそうな方向を目指す。
この辺の地理は詳しくないが、小学生が前から歩いてきているのだ。
どう考えても、学校は後ろにはない。
この動きこそ不審者っぽいが、悠にはそこまで考えが至らなかった。
目的地もなくふらふらしていると、大きな公園が目についた。
ちょうど自販機もあるし一休みするか。
そう思いベンチ横の自販機に向かう。
自販機にはよく見るラインナップが並んでいて、どれを買おうかと迷う。
ただ、悠は炭酸が苦手なので、それは避ける。
結局お茶を買い、隣のベンチに腰掛けた。
暑い中フードを被っており、頭が蒸れている。
そっと、フードを脱ぎ、眩しい太陽と再び会う。
引きこもりでなくても、かなり眩しいな。
そんな環境で子どもたちは元気よく遊んでいる。
ゲームも孤独者のイメージが強くなり、一時期よりも衰退はしたがそれでも一定の販売を保っている。
ただ、やはり、みんな体を動かして遊ぶようにと言われているのか、公園内はサッカーやドッジボール、縄跳び、鬼ごっこなど様々な肉体派が行われている。
「あー、小学校の頃、もうちょっとこの子たちみたいに遊んでいたら
誰に話すでもなく、口から漏れる。
それは後悔と言うよりは、一種の憧れかもしれない。
もし、織田信長が本能寺の変で死ななかったらなぁと言った、歴史のIFに近いだろう。
ボン ボテ
手のひら大のサイズのボールが音を立てながらこちらに転がってくる。
「すみませーん。」
その後ろを少年が走りながら追いかけていた。
ちょうど足元に来たボールを持ち上げ、その子に投げ渡す。
二回ほどバウンドをして届いたボールを彼は嬉しそうに仲間の方へ持って帰った。
「ありがとう、もなし、か。」
悠は苦笑いするしかなかった。
ただ、特にすることもないので、そのボールのグループを見ていると急に遊びを止めた。
どうやら帰るメンバーがいるようで別れの挨拶をしている。
「じゃあ、また明日。」
「おう、明日な。」
「気をつけて帰れよ。」
手を大きく振り、しばらくはバイバーイと言い合っている。
元気だなと思いつつ、残った子たちを見ていると自販機によって来た。
「はぁ、あいつようやく帰ったな。」
「いつも勉強ばかりなのによ。遊ばないといけないからって、家が近くのおれたちと。」
「まっ、もうちょっとしたら卒業だし、それまでの辛抱っしょ。」
「だな、中学になったら孤独病になってもいいけど、まだつるまないといけない間はなってほしくないもんな。」
「だな、オレらが関係ないところで、捕まれってな。」
大笑いと共に、また遊び場へ戻る5人組。
一人が飲み干した缶ジュースをゴミ箱へ投げた。
しかし、それは悠に当たった。
「やれやれ、何考えてんだか。」
自分に当たった缶をゴミ箱に捨てる。
しかし、悠が文句を言ったのは缶のことではない。
彼らの会話のことだ。
孤独病になればいい。
その言葉が頭に残る。
あくまで自分の考えだが、孤独になりたくてなった人はいないと思っている。
皆、孤独にならざるを得なかった。
自ら望んだのではないこと。
ただ、孤独になるしか道はなかったのだ。
それは多かれ少なかれ周りが影響している。
今回は明らかにあの少年を周りが孤独にさせようとしている。
「まったく、子どもは素直だな。」
悠は淋しそうに呟き、公園から出ていく。
そして、先ほどの少年を追いかけた。
少し行くと見つけれたが、車に乗るところだった。
「…、彼に心が満たされる人生を。」
マントを翻し、また別の所へ向かう。
少し歯を食いしばりながら、彼は歩みを続ける。
子どもは素直。
それは大人が口にしないことを言うと悠は思っている。
つまり、子どもが言うことは大体の大人の意見である。
そして、孤独者に関してはこうなのだろう。
自分の関係ないところなら増えてもいい。
そして、消えてなくなれと。
かなり雑な言い方だが、粗方の人が抱いていることだ。
どうやら、孤独者は排除され、粛清され、淘汰されないといけない運命なようだ。
誰も、救いの手を伸べてはくれない。
恐ろしい存在であるからだろうか。
「超能力手に入れてもなぁ。これっぽちも強くなってないんだよなぁ。」
悠は傾いて来た太陽に向かって話しかけた。
何か返してくれることを期待して。
だが、太陽は孤独な者に返事をすることはなかった。
いつも通り、熱い光を与えるだけ。
彼はため息をついて歩き出した。
ガラ ガラガラガラ
スライド式の扉が開き、中から酔っ払いが出てくる。
その人たちはすっかり日の暮れた町に溶け込むように消えていった。
黒くなった空に朧げに光る月、そして何かを照らし続けているように町には明かりが付いている。
ここは夜の飲み屋街。
人々はどこか名残惜しそうに仲間とつるんでいる。
それは店の中だけではなく、外でもお祭りのように騒いでいる。
ちょうちんは店から店に繋がるように飾られ、その下に人がちょうちん以上に列をなして並んでいる。
それくらい人々はここに集まってきている。
そこに彼の姿はあった。
フード付きのマントで顔を隠して孤独に歩いている。
世界に疎まれているお尋ね者、伊豆守悠だ。
ふらふらとしていたら太陽が沈んだので宿に戻っているところだ。
賞金首もついている彼がこんなところを歩いていて、しかも宿に泊まることは驚きかもしれないがいつものことだ。
一人でいる状態は『浮く』が、それで精神性交友関係障害者保護機関に連絡されたことはほとんどない。
案外人々は他人に興味ないようだ。
どんなに危険人物に指定されていても、名前や顔で気付くことは滅多にないのだから。
さて、単独行動をしている彼だが、ここでは浮くことすら珍しい。
帰宅をする者もいて、最寄り駅が二つあるここの飲み屋街は一人で歩いている人もいる。
流石に彼ほどのんびり歩いている人もいないが、ただ申し訳なさそうに一人歩いている人はよくすれちがう。
その人たちが明かりが消えそうなちょうちんに重なって見えて、悠はどこか思うところがある。
しかし、彼は何もできない。
ただ、光が消えるまで見守るしかできないのだ。
そんな自分に一つため息をついて、多くの人が行き交う道を進む。
しばらく歩いていると人だかりができている場所があった。
気になって近づいてみると酔っ払いが大声で騒いでいた。
「全く、いつもいつも文句言いやがって。いつも我慢しているこっちの身にもなってみろ。エリートか何だか知らねえが、下端の仕事も知らねえやつに上司任せられるか。」
中年の男がわめいているが、内容は年下の上司に対する不満が表れている。
やれやれ、取り越し苦労かと、悠が去ろうとしたときそれは起きた。
「おいおい、おっさん、楽しそうだな。そんな一人でわめいて何考えてんだ?」
「なにぃ!」
「分かった。おっさん孤独なんだな。だから一人こんなところで騒ぐしかできないんだな。みなさーん、ここに孤独病がいますよー。粛清会呼んでくださーい。」
若い男女のグループの一人がこのおじさんにちょっかいを出した。
しかも、孤独病呼ばわりを始めて、周りを巻き込んでいく。
集まっていた人が皆、スマホで写真を撮り始め、ネットの話題にする。
人と繋がっていることが当たり前になったこの御時世、悠が高校生だった頃のインターネットのモラルなどなくなったに等しい。
ただ、皆、情報の発信と共有が一番となっている。
それはこのような場面で、悪く使われる結果ともなった。
「おい、ふざけるな。誰が孤独病だ。オレはそんなクズがかかる病気じゃねえ。」
おじさんは慌てて事態を落ち着かせようとするが効果はない。
シャッター音やフラッシュ、中には動画の録音起動音が聞こえ始め、辺りがあわただしくなる。
正に祭り会場。
そんな雰囲気に飲まれたのか人々の行動は大胆になる。
特におじさんに話しかけた若い男はリミッターが外れたようだ。
「さてさて、孤独病の人は粛清会に連れて行かれないといけないけど、そのためにはまず捕まえないとな。さっ、一丁頑張りますか。」
腕のリストバンドを取り、動きやすくなったとアピールする。
それを聞いて中年のおじさんの顔は真っ青になった。
孤独者として捕まれば残りの人生、真っ暗だ。
いや、真っ暗ならましかもしれない。
それよりも闇の世界が待っていると噂されている。
悠もその全貌は知らない。
そこに行くくらいならここで何をしてでも逃げるだろう。
このおじさんもそうだった。
拳を挙げ、若者に近づいていく。
「ふざけるな。オレは日々頑張っているだけなのに、こんな目にあわせるな!」
怒りと共にその拳は相手の顔に当たる。
そのはずだった。
チャラ
金属が軽く当たったような音。
これが聞こえたと同時におじさんの動きは止まった。
「やれやれ、間に合った。」
悠が二人の間に入り、おじさんの動きを体に巻いてた鎖を使って止めた。
誰もが彼が走って割り込む姿は見たが、いつの間におじさんの腕に鎖を巻きつけたかは分からなかった。
「まぁ、もうどうしようもないからなぁ。心の満たされる人生を期待するよ。」
ようやく悠のマントが動きを止める。
それと同時に彼はおじさんを逃がした。
しばらくの間は皆呆然としていたが、ふと声が上がり我に返る。
そして、戦う気だった若い男は怒りのあまり悠の胸倉を掴んだ。
「おい、おまえ。何邪魔するんだ。もうちょっとで面白いもんできたのに。このままじゃ、騒ぎ損じゃないか。」
「おいおい、面白いもんってなんだ? それに騒ぎ損も。まさか人の人生狂わす瞬間のこと言っているのか。」
「はぁ? 孤独者捕まえたって伝説になるんだぜ。それやりたかっただけだ。」
「はぁ~、孤独者を捕まえるねぇ。」
悠は呆気にとられた顔をしたが、すぐに目を細める。
そして、胸倉を掴んでいる腕を掴み、離させる。
「おっ、おい、何だよ。」
英雄になりそこなったと言っていたこの若者は少し恐怖に襲われていた。
体が動かず、息が上がってきている。
そんな彼の耳元に悠は口を近づけて呟く。
「孤独病になってない人孤独者にして捕まえても英雄にはなれんなぁ。そんなに英雄になれたければ僕を捕まえな。死と引き換えだけど。」
わあああああああ。
若い彼は悪魔に会ったかのように叫びながら走り出していた。
仲間も何があったか分からないが追いかける。
それほど、悠は近くにいる人にしか殺気を感じさせなかった。
「困ったガキだな。」
野次馬の視線が集まる場所に一人残された鎖使いは苦笑いしかできなかった。
頭をかきながら首を傾け、何事もなかったようにその場を離れた。
残された人々は、最初は何が起こったか分からず呆然としていたが、ふと我に返り声を出し始める。
あれは何者だ。
何が起きたの?
人間離れしているな!
しかし、その会話も少ししたら無くなり、皆散り散りになり誰もいなくなった。
「あっという間だな。」
少し離れていたところで見ていた悠が呟く。
孤独病騒ぎなんて大体こんなものか。
何回か出くわした状況を思い出して頷く。
所詮、自分のコミュニティ外のことなんてあまり興味がないのかもしれない。
そういう場面を何度も見てきた。
今回も同じく、騒ぎに乗じただけで本当は誰も気になるほどの問題ではなかった。
彼はそっと、絡まれてたおじさんに同情した。
「さて、帰りますか。」
誰に聞かせるでもなく、孤独な彼は一言呟く。
それから困った人のように頭をかきながら宿に向かった。
夜の八時に近づいているにもかかわらず、通りに人は絶える様子がない。
店によってはこれからが繁盛時なところもある。
明日も平日なのに楽しみ過ぎてるねぇ。
眉をひそめながら彼はその店に目をやる。
ラーメン屋だったので、なんで人々はこんなにラーメンが好きなんだとも思いながら。
そのラーメン屋を通り過ぎたあたりでマントを一払いして、足を止めた。
別にラーメンを食べたくなったからではない。
そもそも彼はあまりラーメンが好きではない。
こってりしていて「くどく」なるのが一つの理由だ。
そんな彼が足を止めた理由。
それは一人の少女が目に入ったからだ。
少女と言っても高校生か大学生くらいなのだが、明らかに年下感はあったので少女だと思った。
彼女はチャイナドレスのような服装に、腕には振袖のようなカバーを付けている。
金色の髪は頭の左側で結んでいて、ガサツなポニーテールを作っている布には幾何学模様が描いてある。
茶色い瞳をしたその目は明らかに悠を睨んでいる。
わずか 3、4 m の距離だが威圧感は十分に感じられる。
そんな空気も知らず、通りを歩いている人は彼らの横を歩いたり間を抜ける人もいるが、その人数は時間が経てば経つほど減ってきた。
「なんか、用か? そんな目で見られても怖いだけどなぁ。」
長い沈黙を破ったのは悠の方だった。
腕を胸の前で組み、相手の動きに注目する。
その相手も何かを探るようにこちらを見ながら、手を腰に当てる。
そして笑った口から彼女の声が出る。
「なんか、って言われてもあんたくらいなら分かるでしょ、賞金首さん。」
美しい声、ではないがはきはきとしていてよく聞こえる。
なんとなくだが、悠は相手が高校生かと思った。
さてさて、会話については察しがついている。
相手が何者で、何の用で悠を待っていたのかを。
「いやぁ、まさか精神性交友関係障害者保護機関の人がここまで来て、僕を捕まえるなんて思いもしなかったからさ。間違っているかい、お嬢ちゃん。」
少し挑発をするつもりの物言いで、相手の出方を見る。
ここで激怒してくれれば好都合だ。
本当に孤独病者粛清会の会員なら一般人を傷つけられないので、人ごみに紛れれば上手く逃げれる。
冷静でいられればいられるほど厄介なのだ。
「ふーん。あたしもまさかボッチのやつがこんな人が多いところに来るとは思わなかったね。木の葉を隠すなら森にってこういうことなの?」
相手も負けじと煽ってくる。
ならばやることは一つ。
どちらかが手をあげるまで言い合うしかない。
「いやぁ、まさか君みたいに若い子にばれるとは思わなかったよ。でも、高校生に捕まるほど僕も馬鹿じゃないな~。」
「高校くらい卒業してるわよ! しかも
「あー、怖い、怖い。そんな子の鼻でも折れたらいいんかね。」
「それならあんたのプライドから全部、折ってあげるわよ。」
悠が奇妙な笑い声を出すのに対し、彼女は指をさして言い切る。
もう何か言うことも疲れたなと、悠は思い頭をかく。
どこかやり切った思いもあり、後は拳で会話することを心に決める。
「かかってきな。こんな人込みで僕を倒せるなら、だけど。」
にやりと笑いながら鎖使いは顎を触る。
それを聞いた少女は目を輝かせながら口を開く。
「気にする必要はないわ。あんたこそ周りに迷惑が掛からないようにしなさい。」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、二人の間を誰かが通る。
ただの中太りのサラリーマンだが彼に視線を遮られ、彼女の姿を一瞬見失う。
その間が致命的になるのはどこの勝負の世界も同じだろう。
サラリーマンが通り過ぎた後、悠の相手はいなくなっていた。
およ?
思わず首を傾けどこに行ったか考える。
しかし、考える時間はなかった。
上から風がそっと吹いて来た。
目を向けるといなくなってた彼女が踵を自分の頭に向かって振り下ろしていた。
反射的に一歩下がる。
目の前を勢いよく足が通り、危機を乗り越える。
どんな運動神経しているんだと半分呆れ、半分感心する。
ダンッ
金髪の少女の右足が地面に着き、音が響く。
その瞬間大きく左足で悠の方に踏み込んでくる。
何が来てもいいように後ろに下がろうとしたが、背中に何かが当たり下がれない。
きっと通りかかった人なのだろう。
諦めて他の方法をとるしかない。
左手に巻いていた鎖をほどき始める。
「くらえーーーっ!」
少女の雄たけびと共に、拳が襲い掛かる。
もう近すぎてピントが合わない拳が、悠の目の前で止まる。
あまりの勢いに衝撃波で風が吹くが、顔を傷つけるほどの威力はなかった。
「…っ。放しなさいよ。」
「おいおい、僕はそんなにお人好しじゃぁないよ。」
睨みつけてくる彼女に対して彼は緊張感がない返事をする。
少女はどうしようかと動かない右手を見た。
鎖が何重にも巻き付けられ、押すことも引くこともできない。
先ほどの酔っぱらったおじさんを彼女は知らないが、それを知っていても鎖を巻き付ける速さが違いすぎる。
殴る直前に鎖をほどいていたのは知っているが、それでは長さが足りない。
それなのに今はこうして腕を束縛されている。
何が起きているか彼女は分からなかった。
「どうする? この状態から続けてもいいけど。」
悠は相手を拘束したことで余裕を持ち、話しかける。
余裕は持っているが、左右の手は鎖を持っているので特別有利な状況ではない。
ただ、勝手に余裕を持っているだけだ。
「くっ。」
捕まった少女は逃げようと腕を引きながら左足でわき腹を狙う。
しかし、それは相手の右ひじによるブロックで届かない。
そのあとも左手や足で悠に攻撃するが、どれも効果的なものはなかった。
「まぁ、このまま続けても、右手が痛むだけだと思うなぁ。」
悠がそっと呟く。
彼女も攻撃を止め、腕を見てみる。
袖が破れ、だんだん体が傷つき始めている。
悔しそうに歯を食いしばるが、これが限界なのかもしれない。
声にならない声を出し、目には涙がうっすら表れている。
それを見ていた悠も少し感傷的になった。
彼女の過去は知らないが、何かを思って自分を捕まえに来た。
その結果、実力差を見せつけられる。
ただ、これは悠にとっての死活問題。
負けることは死ぬこととほとんど同じなのだ。
だから、彼も手を抜くことはできない。
そう思うと、イカレタ世界だと感じる。
しみじみとしていると、辺りの空気が変わっていることに気づく。
回りの人達が自分たちを囲んでいるのだ。
ただ、これが先ほどのように騒ぎを聞きつけ集まった野次馬ならいい。
何かばか騒ぎをして、自分たちの戦いをネットに挙げて解散するだけだから。
しかし、今回はだいぶ様子が異なる。
皆が皆、何かを待つように周りを囲っている。
その合図が来たら、襲い掛かるような勢いで。
「なぁ、周りの人達は友達?」
悠は目の前で泣きかけている少女に話す。
彼女は状況が読み込めてないのか、周りをきょろきょろした。
そして、不思議そうに一言呟く。
「違うけど…。それがどうした?」
「なら、自分の身は自分で守ることだな。いくら民間人を傷つけないとはいえ、このくらいなら問題ないだろ。」
「話が見えないんだけど。」
「襲ってくるよ、こいつら。」
「えっ…。」
彼女の驚きと共に取り囲んでた人達が一斉に襲い掛かる。
悠は無理をして笑いながら、突っ込んでくる一人に向かって走り出す。
残された少女は呆然としていたが、我に返り右腕を見る。
まだ鎖が巻かれていて、それが走っている彼に伸びている。
「ちょっ、これどうにかしてよ。」
そう叫ぶもどうにもならない。
仕方なく襲ってくる人達を丁寧になぎ倒す。
これなら規則を破ってないはず、と思いながら。
一方悠は、突っ込んだ相手に鎖を結びつけると、他の相手の足に自分の足を引っかけて転ばしていた。
そして、七、八人転ばすと叫んだ。
「お嬢ちゃん、これから鎖引っ張るから舌噛まない様に気を付けな。」
「はぁ?」
顔をしかめた彼女を気にせず、悠は鎖を引っ張る。
そしてそのまま走り出した。
反対側で引きずられている彼女は痛い思いをしたが、ちょうど転んでいる人達の所で開放された。
鎖の端を一方は知らない人、そして彼女が結ばれていた方は悠が持っている。
それを足元に張り、アナログなトラップを仕掛け悠は走り出す。
そのまま、周りを囲んでいた人は倒れていき、鎖が一周したころには結ばれてた人も伸びていた。
「まったくもう、何してくれるのよ。」
金髪の少女は横ポニを震わせ文句を言う。
それを見て悠は答える。
「まぁ、良い思い出だと思いな。明後日くらいになるから。」
「何それ。」
微妙な空気が流れる中、悠は鎖を勢いよく手元に戻す。
丁度彼女の横で鎖が回収さてていたが、大きな金属音が聞こえた。
後から持ち主の彼の手に衝撃が来て、何が起きたか分かる。
「撃たれた。早いこと身を隠せ。」
「もうどうなってるの。次から次へと色々起き過ぎ。」
狙撃手がいそうなところを探している悠が叫ぶが、彼女の頭はどうやら追いついてないようだ。
しかも嫌なことは連続して起きる。
転ばした人たちがまた二人を襲い掛かる。
驚きのあまり変な声が出るが、悠もこんな状況は初めてだからだ。
悠は周りを囲っていた人は操られていると考えた。
そんな時はたいてい大きな衝撃を与えると操り状態が解けて、眠った状態に近くなるのを何度も見てきた。
今回もそうだろうと思ったが、倒した人みんな起き上がってくるから違うらしい。
「参ったなぁ…。」
思わず、口から感想が漏れていた。
しかし、彼はあるところを探しながら敵を倒していく。
倒しても、倒しても起き上がる、普通の人を。
少し移動すると、急に冷たい風が吹いて来た。
もし雨でも降っていたら、すぐに水が凍りそうなくらいの冷気を含んで。
「さぶっ。」
少女の声が響き、探していたものの一つ目は見つかる。
すぐに彼女のもとに駆け付け、抱え上げる。
「ちょっ、ちょっと何!? いきなり何なの!?」
「誘拐。」
サクッととんでもないこと悠は口にする。
彼女は大慌てで何か叫ぶが彼の耳には届かない。
もう一つの探し物をしているからだ。
だが、冷気も充満してきて動きが鈍くなり始める。
仕方ない、この場を離れるか。
悠は少し残念そうに走り始める。
周りを囲んでいる人々を素早く避け、人ごみから脱出する。
そのまま少女を肩に担ぎ、一目散に逃げまわる。
「ちょっと、あたしをどこに連れてく気よ。」
担がれた少女は悠の背中を叩きながら文句を述べる。
「まぁ、後ろの連中撒けたら教えるよ。どうも、おかしなことが多いからさ~。」
「そんなこと言われてもあたし困るんだけど。」
「なら、ここで置いていこうか?」
「…。」
「困ったお嬢ちゃんだ。」
悠は今日一番の苦笑いをしながら駆け抜ける。
少女は何か言いたげな顔をしながら、行き先が地獄でないことを祈った。
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