第3話 釣り①

赤い月が半分になった、下弦の月の夜。

紅雀は、王都オストの中心から少し離れた場所に建つとある屋敷の上にいた。

屋敷には尖塔のような塔があり、その脇に連なっている屋根の上で塔に手をかけながら、正門から屋敷に続く道を眺めた。

やがてランプをつけた2頭立ての馬車がカタカタと馬の蹄と車輪の音を響かせながら、屋敷の玄関先まで入って来て止まった。

馬がブルンブルンと音を立てながら首を振った。

やがて馭者が台から飛び降りて脇に回った。

そして馬車の扉を開け、ステップを降ろした。

中から燕尾服にステッキを持った貴族が現れ、屋敷の中へと入って行った。

紅雀はそれを見届けると、縄を伝って屋根を降り、そして屋敷のバルコニーへと向かった。


ダモニー伯爵は不機嫌そうに屋敷に入ると、召使いの出迎えを無視するかのように階段を登り、早々に自室に入った。

そして棚にしまって置いたボトルを取り出すと、グラスに注いで一気に煽った。

喉に焼けるような熱さの液体が通り、胃に流れ込んで行く。

伯爵は椅子に座ると額に手を当て、大きなため息を付いた。


上手く事が運ばない。

何故だ?

このままでは借金が膨らんでしまい破滅する。

それもこれも、あの忌々しい東洋の雌猿のせいだ!

裏の商売が全て邪魔された。


「クソ!紅雀め!」

「あら?お呼びでしょうか?」

「何!?」


ダモニーが驚いて振り返ると、バルコニーへと続くガラスの扉が開けられていて、黒と真紅の色に染められた蛮族の衣装を着た少女がそこに立っていた。


「貴様ー!」


そう言ってダモニーはポケットに忍ばせた拳銃をすぐに取り出し、紅雀へ向けて放った。

紅雀はひょいと言う感じで身を躱し、ダモニーへ残念そうに言った。


「嫌われたようですね。では失礼します。」


そう言うと、紅雀は閃光を放ち煙幕を張るとその場を退散した。


「だ、旦那様!」


屋敷の召使い達がドタドタと部屋に入って来た。

ダモニーは息を切らしながら、紅雀が消えたバルコニーを見ていた。



翌日。


貴族院の議員室で、ダモニーは秘書のブーファに当たり散らした。


「屋敷だぞ!それも寝室にだ!奴はいつでもこちらの命を狙えるという事だぞ!もう待っておれん!どうにかしろ!」


血走った目でダモニーは怒鳴った。


ブーファは黙って聞いていたが、紅雀の意図を読みあぐねていた。


何故、わざわざ伯爵の家に揶揄うようにして現れたのか分からない。

そもそも行く必要があったのか?

伯爵の屋敷には犯罪の証拠となる者は何も無く、そう言った者は全部暗部の隠し家に置いている。

これまでの紅雀の行動を見れば、彼女だってそれぐらい分かっていると思うのだが・・・。


「何か目的があるのかも知れません。無闇な行動は慎まれるべきでしょう。」


ブーファはゆっくりとした低い声で言った。


「分かっておるのか?もう後は無いのだぞ!」

「護衛と連絡役を手配いたします。ただ・・・少し融通して頂く必要がございますが・・・。」

「・・・融通しよう。」

「申し訳けありません、伯爵閣下。」


そう言うと、ブーファは部屋を出てて行った。



「今日は・・・いるか?」

「いや、いない。」


ブーファはダモニーの議員室から出ると、直ぐに「友人」のところに出向いた。


「もはや伯爵は我慢の限界だ。この前の『仲が悪い友人』の話はどうなっている?」

「嫌だとよ。」


男は深く被ったシルクハットのつばに手をやりながら答えた。


「何故だ?金であるなら金額を教えてくれ。」

「金云々の話では無い。戦略的な話だ。」

「?。何の事だ?」


男は相変わらず、シルクハットを深く被りながら言った。


「恐らく、これは紅雀が張った罠だ。俺たちを誘き出すのが目的だ。」

「誘き出す?何の為だ?」

「悪いが、その先は教えられね〜な。あんたは深く知らなくても良い。これは我々部族の問題でもあるんだ。」

「・・・誰も出して貰えないのか?」


シルクハットの男は獣人を見て言った。


「仕方ないな。下っ端の奴を付ける。それで我慢しろ。」

「すまない。恩にきる。」



タカオは昼の地獄のような給仕を乗り越え、やっとカウンターで昼飯を取る事が出来た。

横を見ると、ツバキがカウンターに頭を乗せてグッタリしていた。


「忙しかった・・・」


奥の方ではただ1人の従業員、ローラが去った客の皿を片付けているのが見えた。


タカオは何となしに呟いた。


「最近、紅雀を見ていないな・・・」

「あら。恋でもした?」

「いやそうではないのだけど・・・」


タカオはそう言いながら、パスタを口に頬張った。


「なんだ。つまらない。でも向こうがタカオさんの事、好きだったりして。」

「まさか・・・」


そんなわけある筈が無い。


そう思いつつも、紅雀の事を思い返すタカオだった。




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