第30話「穴の向こうに」

障子を見ると、いつも思い出すことがある。



▪️▪️▪️


中学の修学旅行で、歴史の古い旅館に泊まった。


案内された和室は五人一部屋でそこそこ広く、障子の向こうには広縁があった。

荷物を置きそこまで確認したところで、早々に集合をかけられる。しおりのスケジュールには確か全体のミーティングの後、夕食だったはずだ。

ゾロゾロと友人が部屋の外へ出て行く中、僕は遅れて部屋を出た。


「…あれ?」



夕食を終え、入浴の準備の為に部屋に戻った僕は、荷物を広げたところで思わず声を上げてしまった。

…障子に穴なんて開いていただろうか。

丁度膝をついた自分の目線辺りに、まるでいたずらで人差し指を突き入れたかのような穴が空いていたのだ。

さっき荷物を置きにきた時は無かったはずだ、誰かが不注意で開けてしまったのだろうか。

でもそれにしては明らかに意図的なような…。


「黒里ー?早くいくぞー」


振り返れば、他の同室のメンバーはもうすでに部屋の出口で待機している状態だった。

僕は曖昧に返事をすると、少し引っかかりながらも部屋を後にした。




その後はさっさと入浴を済ませると、他のグループの部屋にお邪魔してトランプに興じていた。

いや、最初は確かにトランプだったが、そのうち枕投げになり、プロレスになり、最後には先生が乗り込んできてのてんやわんやだ。

結局消灯時間まで正座させられることになった僕達は、三十分後ようやく解放され部屋に戻っていた。最初は消灯時間後もあれをやろうこれをやろうと盛り上がっていたが、昼間の疲れもあり、いつの間にか一人また一人と眠りに落ちていた。

黒里もいつの間にか寝ていたようで、次に目を覚ましたのは確か一時を回った頃だった。

いつの間にか電気が消えていて、月明かりが障子を通り越して足元を照らしている。

眠り眼を擦りながらトイレにでも行こうかと身を起こした僕は、なぜだかあの穴に目が留まった。

__そういえば、前に見たアニメで忍者が障子に穴を開けて、中の様子を覗いたシーンがあったな…。

そんなことを何故か思い出した僕は、興味本位に、そこにある障子の穴を覗いてみたのだ。


「____」


障子の向こうは、広縁があるだけのはずだった。

しかし、そこには誰かが座っていた。


逆光になっていて顔は分からなかったが、恰幅の良い二人の男性が酒を酌み交わしているようだった。

まとっている着物が、月の光を受けてキラキラと光っている。

それはまるで、魚の鱗のようで、

…息を飲むような光景が広がっていた。


しばらく声を押し殺してそれを見ていたが、穴の先の二人の男はこちらに気付く様子もなく談笑を続けている。声は聞こえているのに、何を喋っているのか分からないのが不思議だった。

ふと、右手側の男が一際大きく笑い__


ガタガタガタ!!!


その笑いに呼応するかのように障子が大きな音を立てて震え出した。強い風が吹いた時のような、そんな音だ。

びっくりした僕は、思わず障子の穴から目を放してしまい、


慌ててもう一度覗いてみても、そこにはただ、月に照らされた誰もいない広縁があるばかりだった。




次の日友人に聞いたが、あれだけの物音が鳴っていたのに誰も目を覚さなかったようだ。


朝方も人目を盗んで覗いてみても、もう一度彼らを見ることはできなかった。



▪️▪️▪️




これは大人になってから知ったことなのだが。

その旅館の横に流れている河には、昔から河の主が住むという伝説があるそうだ。

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