第28話「雨上がりの話」
これは小学生の頃の話らしい。
当時空手を習っていた彼は、道場へ向かうために近所の公園の横を毎日通っていた。
ある年の梅雨の時期。
その道沿いにある紫陽花の前に、雨上がりの日にだけ現れる女性がいたことがあった。
立っていたり座っていたりと毎回変化はあったが、彼女はいつも紫陽花をじっと見つめていた。
今思えば不審だが、その頃は不気味に思う気持ちよりも、女性に見惚れる気持ちの方が強かったらしい。
物憂げな印象の、綺麗な女性だったそうだ。
その姿を一目見ようと、雨が上がると用もないのに公園へ向かうこともあった。
すると彼女は必ずそこにいた。ただただ紫陽花を見つめていた。
その横をできるだけゆっくりと、けれども向こうに気づかれないように盗み見ながら通り過ぎる。
その後は往復すると気付かれてしまうだろうと道を変えて帰っていた。
声をかけるなんてことはもっての外だった。当時の彼からしたら、隣のクラスの美少女を、廊下越しに見かける感覚と一緒だったのだろう。
何度か女性を目にしたところで、彼はあることに気が付いた。
彼女はただ紫陽花を見ているのではなく、何かを探しているようだった。
そこで彼は、代わりに探してあげようと息巻いた。
丁度運よく次の日が晴れだったため、放課後になるやいなや急足に公園へと向かう。
雨上がりでなかった為女性の姿はなかったが、それも彼にとっては好都合だった。先に見つけ出して、女性と会話をするきっかけになればなんて、そんな下心さえ抱いていた。
彼女がいつも見つめていた紫陽花に近づく、ざっと周囲を見てみるが、何か落ちていたり引っかかっている様子はなかった。
紫陽花自体も、隣に並んでいるものと変わりのない普通のものだ。
一見分からないほど小さかったり、見つけづらいものなのだろうか。
そう思いしゃがんで紫陽花の根元を見たところで、土が不自然に盛り上がっているのを見つけた。
なんだろうと思った彼は、落ちていた木の棒で軽くその場所を掘ってみてーーー
▪️▪️▪️
「その後はもう大騒ぎだったよ、親が警察に連絡して、すぐにそこが立ち入り禁止になって、俺はどうして見つけたのかって何回も問い詰められて……」
テーブルの反対側に座る彼が、そう言って頭を掻いた。
その時、紫陽花の根元を掘って見つけたものは人の骨だったらしい。
警察が調べたところ、半年前に殺害された女性の体の一部だったというのだ。
そしてそれが見つかると同時に、女性もまた、姿を現さなくなった。
「…今思えば、きっとさ、見つけて欲しかったんだなって思うよ」
けどさ。
そう彼は続けて、体全体でため息を吐いた。
「見つけなければ、今もずっとあの人はそこにいてくれたんじゃないかとも思うんだよ」
「……………………初恋、だったんだよなぁ…」
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