第26話「ノート」
そこにはただ真っ白なノートがあった。
▪️▪️▪️
その日、黒里は元々サービスエリアだった廃墟へと訪れていた。
田舎道を車で走らせること一時間。伸びきった草をかき分けて目的地にまで辿り着く。
ここに来た理由は一つ、この場所に関する興味深い噂を耳にしたからだ。
「……あった」
建物に入ってすぐ、カウンターのような場所にそれは置いてあった。
かつては交流ノートとして使われていたのだろうか、表紙にはマジックで「その2」とだけ書いてある。
埃を払い落としならが、黒里はそのノートを開いてみた。
__噂が本当であるなら、そこには自身の名前が書いてあるはずなのだ。
噂とはこうだ。
その廃墟には、かつての頃のノートが残っており、そこには営業中に訪れた利用者達の名前へや感想が書き綴られているらしい。
そしてその中に、何故か自分の名前があるのだというだ。
本人は書いた覚えも、ましてや以前そこに訪れた記憶もないのに…。
確かに自分の筆跡で、自分の名前が書かれている。
という奇妙な噂を確かめるために黒里は廃墟に訪れて今まさにそのノートを開いたのだが…。
__そこには、何も書かれていなかった。
自分の名前はおろか、かつて利用されていた形跡もない。
埃をかぶっていた為気が付かなかったが、よくよく見ればこのノートは場所にそぐわぬ真新しいものだった。
…つまりこれは、噂に便乗した、もしくは噂そのものを流した誰かのいたずら、ということなのだろうか。
黒里は拍子抜けたものの、最初から最後までゆっくりとノートをめくっていた。
ふとそこで、気が付いた。
まるでインクのないボールペンで書いたかのように、ノートにへこみがあるのだ。
思わずノートをカウンターに広げて、そのへこみを指の腹でなぞってみる。
一文字ずつ確かめていけば、「○橋○江」と書かれていた。
(__名前だ。)
改めて確認していけば数ページおきに数人、ぱっと見では分からないが名前が書いてある。
これもまた、いたずらなのだろうか、いや、それにしてはやけに分かりずらい…。
そうこう考えているうちに最後のページに差し掛かかり_
黒里は、よく見知った文字を見つけてしまった。
視覚としてはほぼ確認できない、指先だけの感覚で、
だが、その文字は確かに、“黒”だった。
その横にも似たようなへこみがあることに気が付いたところで、黒里は確認するのをやめてしまった。
黒里はノートを閉じると、それ以上奥に進むことはせず、その場を後にした。
__奥の方から、誰かの舌打ちが聞こえたからだ。
▪️▪️▪️
その後まもなく、件の廃墟は取り壊されたらしい。
けれども黒里は、あのノートが今もまだどこかにある気がしてならなかった。
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