第23話「浮かんでいたもの」

大学1年の夏休みも終盤という頃、ダムに訪れた時の話だ。

オカルト部の面々で肝試しに行こうという話になり、もちろん黒里もその場に集まっていた。

高校を卒業して別々の進路を辿った今、こうして集まるのはいつぶりだろうか。

再会を喜びあいながら早速車に乗り込む。


道中はもっぱら、幽霊だの妖怪だのUFOだの宇宙人だの、所謂オカルトと呼ばれる話題でもちきりだった。

ふと、話題が行き先であるダムの話になる。


「そーいえばこれから向かう場所って、どんないわくがあるんだ?」

「えーっとね、確か最近の掲示板に…。あ、あったあった。」


「あれだってよ、ダムの中心に、__何かが浮かんでるらしい」


掲示板によれば、そこは特に事件もいわくもない普通のダムなのだが、夜になると、貯水池の中心に何かが浮かんでいるらしい。

最近目撃情報が多く上がっていて、掲示板をちらほら騒がせているのだとか。


「いや、何かってなんだよ」

「UFOとか」

「河童かもよ」

「いや、なんで河童が浮いてんの」

「自殺した人間の霊とか、結構無難なやつかもよ」


荒唐無稽な噂話を当然のように各々考察しだす姿は、あの頃と少しも変わらない。

かつての懐かしさに触れ、黒里は気付けば顔を綻ばせていた。



そうこうしているうちに、彼らは目的地に着いていた。


掲示板にあった通り、そこはなんの変哲もない普通のダムのようだ。

といっても、ダムそのものが物珍しい黒里達は、気がつけば単純にその場を楽しみだしていた。

ひと気がなく物々しい雰囲気を醸し出しているが、僅かな電灯に照らされる巨大なその姿はまるでSF漫画の要塞のようにも見えた。

少年心をくすぐられながら一通り見て回ると、本来の目的である貯水池の方へ視線を向ける。

しかし当然ながら光源のない夜中だ、浮かんでいるものを探す以前に真っ暗闇で何も分からなかった。

申し訳程度に持ってきていた懐中電灯を向けてみるが、到底池の中心を確認することはできず、照らされた水面は黒々と光っていた。


こうなっては噂の確かめようもない。

掲示板であそこまで噂になっているのはなんだったのかと、肩を落としながらその場を後にしようとした時だ。



厚い雲に隠されていた月が、唐突に姿を現した。

その結果、貯水池の全容が露わになる。



___中心に、浮かんでいたものがあった。




それを見て、黒里は理解してしまった。

月の明かりがあれど、そうそう判別のつく距離ではないはずなのに、何故かそれが「胎児」であると、

「解ってしまった」

理解したその瞬間から胎児は胎動を始める。

本能的が危険だと告げているのに、目を離すことができなかった。

そしてそれは、一際大きく___


「走るぞ…!」


痺れを切らしたように誰かが叫ぶ。それは運転手の友人だった。

その声に弾かれたように、あるいは金縛りから解放されたように、黒里達は一目散にその場を後にした。


__後ろを振り返ればまだ「それ」は浮かんでいただろう。

けれどもう一度見てしまえば、今度こそ戻れなくなる。


そんな確信が、あった。




▪️▪️▪️



以来黒里を含めたオカルト部の面々は、二度とそこに足を踏み入れないと誓っている。

だからこれは、あの日以降更新された掲示板の書き込みであって、真偽が確かでない情報だ。

けれど、黒里はそれを真実だと疑っていない。




「あのダムには、赤子の幽霊が出る」




結局あれがなんだったのか、由来も所以も、人工的なものなのか怪異的なものなのか、何一つ分からない。

だが、


___ああ、生まれたのか。



そう、黒里は思った。

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