第22話「足音」
夕暮れ時に、その廊下を歩いちゃいけないよ。
___もし歩いてしまっても、足音に振り向いてはいけないよ。
▪️▪️▪️
「懐かしいなぁ…」
小学校というものは、こんなに小さかっただろうか。
その日黒里は、廃校となった田舎のとある小学校に訪れていた。
かつて自分が通っていた学舎とは違うが、それでもあの頃の記憶を蘇らせるには充分すぎたようで、
仕事としてやってきた彼だったが、それを忘れて思い出に浸るように校舎の中を練り歩いていた。
大分傾いた太陽の光が、窓から差し込んで目に映る景色を染めている。
それは見覚えは無いが既視感のある光景で、なんともいえない感情に、胸がざわめいた。
黒里は、とある廊下に差し掛かったところで足を止める。
ここに来た本来の目的を思い出したからだ。
その学校には、廃校になる前からある怪談が存在した。
旧校舎の一階に位置する、以前使われていた昇降口へと向かう廊下に、夕暮れ時に一人で訪れると、後ろから、誰もいないのに足音が聞こえるらしい。
そして、もしその足音に振り返ってしまったら…。
「『一緒に、遊ばなきゃいけない』…だったっけ」
今まさにその廊下の前に立った黒里は、記憶を確かめるようにそうぽつりとこぼした。
自分が動きを止めたことで、あたりはシンと静まり返っている。
夕日に照らされた木造の廊下だけが、かつての姿を切り取ったかのように構えていた。
一歩踏み出す。
二歩
三歩
四歩
五歩 たったったったったっ
その音は、確かに背後から聞こえた。
体重の軽い、小さな子供の足音だ。
黒里は振り返りこそしなかったが、思わず足を止めて息を殺してしまう。
すると、そうしている間にも足音はどんどんと近づいてきて___
黒里の横を、通り過ぎて行った。
姿はない、誰もいない。けれど、足音だけが自分の先を行き、やがて消えていった。
噂は、本当だったようだ。
しかも、足音はそれだけではなかった。
最初の音を皮切りに、パタパタトタトタと、複数の足音が黒里の横を通り過ぎていく。
それはまるで、我先にと校庭に飛び出す。子供達のようだった。
立ち止まったままじっとそれを聞いていた黒里の手に、不意に握られたような感覚が伝わる。
「一緒に遊んでくれないの?」
小学校低学年くらいの、小さい女の子の高い声だ。
その声に、悪意はない。
だが。
「…ごめんね」
黒里は、振り返らなかった。
手の感触はその後も少しの間続いていたが、ぱっと離された思うと、他の足音と同じように昇降口へと駆け出していった。
それきり、足音はしなかった。
「……」
不意に窓の向こうで何かが動いた気がして、黒里は外を見る。
___ 一瞬だけ、校庭を走り回る子供の姿が見えた気がした。
もちろん、しっかりと目を凝らせばそこには誰もいなかったのだが…
それでも黒里は、しばらくそのまま外を見ていた。
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