第21話「見よう見まねなんです」
あるサークルで肝試しに行こうという話になった。
黒里はそこに所属していなかったが、友人に強引に誘われて参加することになった。
黒里を含めた男子四人と、怖いもの見たさといった様子で名乗りを上げた女子が一人。
計五人で向かったのは、大学からさほど離れていない、今や廃墟と化してしまった集合住宅地域だった。
噂によればある棟で自殺が頻発するようになり、そのせいで誰も住みたがらなくなってしまったのだとか。
荒れ放題の雑草をかき分けて辿り着いた、そびえる何棟もの建物は、その存在だけで黒里達に大きなプレッシャーを与えてくるようだった。
さて、難なくそこにやってきた黒里達だったが、問題が一つ発生した。
例の、自殺が頻発するようになった棟が分からないのだ。
見下ろしてくる無骨な相貌は、みな恐ろしげで一際目立つものは無い。
一つ一つ中を探索して回れば痕跡が見つけられたかもしれないが、外見ですでに気圧されてしまったサークルの面々には、そこまでの度胸はなかったようだ。
それでもせっかく来たのだからと、一番近くにある棟だけ見てみようということになり、各々懐中電灯を片手に中を見て歩くことになった。
___
黒里はといえば、今度は逆に友人を無理やり引っ張る形で意気揚々と廃墟の中を突き進んでいく番だった。
残りの三人であろう喋り声が下の階から聞こえてくる。それを遮るように隣の友人がしきりに「無理」「帰ろう」「お前頭おかしいよ」と繰り返していたが、気にもとめない。
あ、今度は自分達の影に驚いて悲鳴を上げた。流石にそれは耳元でうるさいからやめてほしい。
玄関からライトで室内を見ていた黒里は、ある部屋で足を止めた。
「輝島。……噂じゃ自殺があったって言ってたけど、それってもしかして首吊り?」
「なんだよいきなりそんなん知らねぇよ…!…まてお前、まさか何か見つけたんじゃ…」
「うん。ほらあれ、………あれ?」
促すように再度ライトを室内へと向けた黒里は、思わず緊張感のない声を上げてしまった。
そこには、何もなかったからだ。
「おかしいな…。そこに、輪になった紐がぶら下がってるように見えたんだけど…」
「何もねぇじゃん!お前そういうの見たいからって幻覚見んなよなぁ!?」
「いや、いくらなんでも流石にそこまでは…」
黒里は釈然としないままだったが、恐怖の限界値が超えた友人が騒いでたまらないので、仕方なくその場を後にする。
下に降りてくると、そこには既にサークル仲間の男二人が戻って来ており、こちらに怪訝な顔を向ける。
それは黒里達も同様だった。
「「あれ。A子は?」」
友人とそのサークル仲間の声が重なる。
今回紅一点参加のA子が、その場にいなかったのだ。
そっちのグループと一緒かと思ったと告げれば、彼らは彼らでA子は黒里達と一緒に行動しているのだと思っていたらしい。
そこからは大騒ぎだ。
電話をかけても連絡はつかず、大声で呼びかけても応答はない。
焦り出す友人達を尻目に、黒里はふと、嫌な予感がした。
「あ、お前いきなりどうしたんだよ!」
突然さっきまで探索していた棟へと駆け出した黒里に、友人が動揺したような声をあげる。
しかし、彼にかまっている暇はなかった。
黒里の予感が、当たっているとしたら。
_____
黒里は一気に四階まで駆け上がると、ある一室の前でもつれるように足を止めた。
息を整える暇すら惜しむように、室内へと目を向ける。
さっきはライトで中を照らさないと真っ暗で何も分からなかったのに、今は月明かりが差し込んで部屋全体をうっすらと見ることができた。
だから、部屋の中心で、踏み台に登って、電気に紐をぶら下げて、四苦八苦しているA子の姿を、確認することができた。
未だ荒い息をヒュッと飲み込んだ黒里は、とにかくそれを止めようと手を伸ばしたのだが、
___思わず、動きを止めてしまう。
その間に麻縄を輪にして結ぶことに成功したA子は、首に輪を引っ掛けると、少し困ったような、まるで子供が親に確認を求めるような、そんな表情でこちらを見つめてくる。
「これで、合ってますかね?」
その瞬間、踏み台を蹴り上げた。
▪️▪️▪️
結果として、A子は首にあざを作る程度で済んだ。
A子の体が軽く浮き上がり、今度は自重で沈み込んだところで、黒里は我にかえったからだ。
彼女の首から縄を外そうと苦戦していたところでようやく友人達も合流し、四人がかりで彼女を床に下ろすことに成功した。
そのA子はといえば、この棟に足を踏み入れた時から記憶がないそうだ。 一人状況が飲み込めずにキョトンそしているらしいA子は嘘を付いているようには見えず、友人を含むサークル仲間達はこの場にいること自体がまずいのではと青い顔になって、一目散にその場から逃げ出した。
現在は、その帰り道である。
A子の事は他の二人が送っていくことになり、黒里と友人は家路に着くために最寄りの駅へと向かっていた。
「なんか、悪かったな。巻き込んだみたいになって。…まじでお前がいて助かったよ。でも、なんでA子の居場所がわかったんだ?」
「それは…」
もしいるなら、あの、自分が見間違えをした部屋だと思った。部屋にいるのだとしたら、危ないと思った。
それはただの、黒里の勘だ。
そして、その勘は的中していた。
黒里がA子を止めようとした時、動きを止めたのには理由があった。
自分の後ろ、耳元で声がしたからだ。
その声は、困ったふりをしながら、薄ら笑いを浮かべているようだった。
「すいませんねぇ…。あの子も見よう見まねなんですよ」
だから許してくださいね。
我が子を見ているような、そんな愛情さえも感じられるその声が、今もこびりついて離れない。
「………」
黒里はそれを友人に話すべきか少しの間逡巡したが、やめた。
代わりに、大袈裟にため息をこぼす。
「あーあ、君が寺生まれのTさんだったら、今頃『破ァ‼︎‼︎』で一発だったろうになぁ」
「だからなんだよそれ、元ネタ教えろよ」
大学一年めの、ある夏の日のことだった。
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