第18話「さかさま」

小学校の修学旅行で、班ごとに神社仏閣をめぐる時間があった。

黒里の班は最初にいくつか神社を巡った後に、ゴールである旅館の近くでお土産屋さんを見て回ることになっていた。


色づき始めた木々の下を、班のメンバーと並んで歩く。

決めていた箇所を無事に回り、さあ最後は商店街に向かおうとなった時だった。

黒里の前を歩いていた友人が、足を止めて斜め先を指さす。

見てみればそこには古びた鳥居が立っていたのだが、友人が見つけたのはそのさらに下だったようだ。


「あれ、狐かな?」


丁度鳥居の下、狐がこちらをじっと見つめて座っていた。


男子小学生の好奇心は無限大だ。図鑑や物語で見たことがあるが実物を見るのは初めてだった黒里や他の友人達は、誰が言うでもなく興味津々といった様子でその狐に近づいていった。

だが、警戒心を持った狐はぷいと顔を背けると鳥居の向こう、草木が鬱蒼と茂った参道の先へと消えてしまう。

それを追いかけるように走り出したのは、最初に狐を見つけた友人だった。

___集合の時間まで余裕はたっぷりある。ここで少しくらい道草しても当初の予定に影響することはないだろう。

まだ太陽は真上にある。空を見上げてそう考えた黒里達は、唯一反対した女子メンバーを説得すると、友人続いて狐の後を追いかけた。



今思えば、この時点で「呼ばれて」いたのだろうか。


鳥居を超えてしばらく進むと、そこには当たり前だが、神社があった。


それまで木が生い茂り薄暗ささえ感じる道を歩いてきたからだろうか、そこは随分とひらけた。明るい場所のように感じた。

参道は獣道のような状態だったが、境内は綺麗に掃除され、小さな活気があった。ちらほらと参拝客の姿を見つけることも出来る。

正規の参道は別にあって、自分たちは裏口のようなところから来てしまったのだろうか。

そう首を捻りながらも、黒里達の興味は狐からその神社へと移っていた。


まずはお参りからだと譲らない黒里を先頭に皆で横一列に参拝を済ませると、その後はおみくじを引いたり、池の鯉に餌をやったりと、そこそこに広い神社の中を各々好きに行動し始める。

黒里はというと、引いた小吉のおみくじを、どこに括り付けようかと考えている最中だった。

そこでふと、横にあった絵馬に目がいく。


無数にある絵馬は全て「逆さま」に吊るされていた。


その違和感を感じるよりも前に、今度は黒里の視界全てが…



「……え?」


気がつけば黒里は、狐を見つけたあの鳥居の前で、逆さまにすっ転んでいた。

慌てて体制を整えたところで、他の友人達も同じようにキョトンとした顔で転がっていることに気がつく。

体に痛みはないが、全身草や土だらけだ。


ぱたぱたとそれを叩いて落としながら見上げた空は、もうすでに真っ暗だった。



当然集合時間を大幅に過ぎて旅館へと辿り着いた黒里達は、担任や学年主任にこっぴどく叱られることになったわけだが…。

ロビーで正座させられながらも皆一様に狐につままれたような顔で、申し訳ないが、先生の話なんて一つも耳に入ってこなかった。




あれが所謂「狐に化かされた」現象なのだと、黒里は思う。

今となっては幼少期の不思議な、けれど微笑ましい思い出だ。


ただ一つ、解せないことがあるとしたら。






自分達の班は男子だけで構成されており、あの時引き留めた女の子が誰だったのか、今でも分からないことである。

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