第17話「猿真似」
会社から電車やバスを使って取材に行く際、黒里は毎回同じ道を往復していた。
車が通るには難儀しそうなその細い道は、他の大通りに比べて時間を短縮でき、徒歩での利用には都合がよかったからだ。
といっても、車が主な移動手段であった黒里はそれほど多くその道を利用していた訳ではない。
だから、それに気がついたのはそこを通るようになってから半年後のことだった。
道の途中にある一軒の家。その玄関脇に置いてある置物が、時折姿を変えるのだ。
可愛らしいフォルムをしたお地蔵さま型の石像が、行きと帰りとで姿が違うのである。
ある日は、あぐらをかいて座っている姿。肩肘を立てて横に転がっている姿。
ある日は、あくびをしている姿。伸びをしている姿。
ある日は、屈伸をしている姿。食べるまねをしているような姿。
ある日は、トイレにこもっているかのように座った姿勢で険しい顔をしていたかと思えば、帰りには清々しい笑顔を浮かべていた。
家主がおかしな姿の地蔵を集めているのだろうか?
最初はそんな疑問程度の違和感だったが、それはある日黒里の目の前で地蔵が姿を変えたことにより確信に変わる。
___これは所謂、自分が追い求める「オカルト」の一つなのだと。
だがしかし、その時点では黒里に喜ぶ余裕はなかった。
なぜならその地蔵が「もがき苦しんでいた」からだ。
今までの地蔵の格好を統合して考えて、ある一つの仮説に行きついていた黒里は、その姿を見て。___迷わずベランダの窓ガラスを、その場にあった石で叩き割った。
■■■
「あの後は大変だったよ…救急車呼んだり…警察に呼ばれたり…」
あの時、器物破損と不法侵入という罪を犯してまでその家に押し入った黒里が目撃したのは、居間でもがき苦しむ老爺の姿だった。
持病の発作を悪化させたらしく、黒里が救急車を呼んでいなければ危ないところだったらしい。
その後は、警察に呼ばれて事情聴取(空き巣と疑われた為)を受けたり、家主に窓ガラスを割ってしまったことを謝罪に行ったり(これに関しては、命の恩人なのだからと逆に感謝された)と、しばらくはてんやわんやであった。
「実際、何もなかったら僕は本当に空き巣として捕まってた訳だから、今でもなんであんな行動したんだろうって思うよ」
「でも、うまく言えないけど、あのお地蔵さまが家の人を助けようとして僕に教えてくれた気がしたんだよね」
「___そう、思ってたんだけどねぇ…」
あの後、家主は息子夫婦の家で暮らすことになり、その家があった場所は今は更地となってしまっている。
しかし、地蔵の置物だけが、今もなおその場所にあった。
姿が変わることはないが、黒里が通るたびに、恨めしそうな目でじっとこちらを睨むようになったのだ。
だから彼は、その道を使わなくなった。
「“あれ”はただ、猿真似したかっただけだったみたい」
そう黒里は苦笑する。
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