第11話「はじめからだよ」

木曜日の五時限めは、選択授業の時間だった。

もともと人気のない教科のせいか、教室にいるのは物好きか、サボり目的の不良生徒か、もしくは黒里のような、じゃんけん勝負の敗者だけのようだ。


前の座席の意欲的な生徒を除き、定年間近の老教師の言葉に耳を傾けている者はほとんどいない。

そんな中の1人である黒里は、教師の声をぼんやりと聞き流しながら、無意識に首元の汗を拭っていた。

旧校舎の一番奥に位置するこの教室は、最悪なことにクーラーが無い。

梅雨がまだ明けぬ夏間近の空気が、じっとりと汗と共にワイシャツに滲んで貼り付いてくる。

雨の匂いが混じり始めた風で涼をとりながら、次の時間までこの曇天は保つのだろうか。

そんなことを考える。


考えていたら、横から気になる単語が飛び込んできた。


後ろの席で大きく欠伸を漏らしているのは、素行の悪さはもちろん、男女の関係にも良い噂を聞かない男子生徒だ。


「そういや昨日変な夢見てさぁ」


▪️▪️▪️

気がついたら、見覚えのない神社にいた。

正確に言えば、神社の裏にある河原で、自分の記憶の引き出しに一切存在しない風景を見ていた。

少し離れたところで、これもまた記憶にない小さな子供達がきゃいきゃいとはしゃぎたてながら遊んでいる。

はて自分は何をしていたのだったか。そう思って足元を見てみれば、石がいくつか積まれていた。


…………ああそうだ、俺は石を積んでいたのだった。


ここはどこなのか、なんで石を積んているのか、その時は疑問にも思わなかった。

ただ、歯を磨いたり風呂に入るのと同じように単純に、石を積まなければいけないのだと思い出した。

足元に転がっている石の中から、比較的平べったいものを選び、のせて、重ねて、積んでいく。

バランスゲームのような要領で、なんとか座っている自分の胸元あたりまで石を積むことができた。

すると、離れたところで遊んでいた子供の一人が満面の笑顔でこちらに走ってくる。

そして積まれた石を蹴り崩した。


「はじめからだよ」


そう繰り返す。

思わずその子供を怒鳴りつけるが、当の本人はわざとらしく悲鳴をあげると、逃げていってしまった。

その様子に怒りを感じながらも、それ以上に追いかけることはせずまた一から石を積み直していく。

そしてまた、先程と同じ高さまで積み上げたところで…


ガシャン

「はじめからだよ」


積み直す、


ガシャン

「はじめからだよ」


ガシャン

「はじめからだよ」



▪️▪️▪️


「…って、3回くらい壊されたところで目が覚めたんだよ」


なんだったんだろうな、あの夢。


曇天が耐えきれなくなったようにぱらぱらと雨粒をこぼし始めたのと、授業終了のチャイムが鳴ったのは、ほぼ同時で。


「………」


だるそうに体を持ち上げる彼らの背に、黒里は軽蔑と諦めの息を零す。




黒里からしてみれば、理由なんて分かりきったことだった。

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