第9話「人の夢が怖い話」
講義の時間に数回、隣の席に座った程度の間柄だった。
そんな数回めの、隣り合わせになった時の話だ。
「夢がさ、怖いんだ」
何故か今日に限って学生でいっぱいになっている講堂の1番奥の隅っこで、
これまた偶然隣にいたぼんやりと覚えている顔。
突然声をかけられた黒里は、最初自分に声がかけられていることに気が付けなかった。
「家族とか。友達とか先輩がさ、たまに、夢の話をするんだよ」
黒里が答えなかった一瞬の間を、隣人は話の続きを促していると捉えたようだ。
一方黒里の方も、その議題には強い興味を持った。
講義の声が、先程よりも遠くの方で聴こえている。
「タチバナさんって人が、出てくるんだ」
少しだけ、その声は震えていた。
「みんなの話的に、男の人?多分そうなんだけど、毎回皆が、《タチバナさん》について話しかけてくるんだよ」
例えば、友人が食堂で「そういえば今日、夢の中でタチバナさんに挨拶されてさ」
例えば、バイト先の後輩が「この間、タチバナさんと街でばったり出くわす夢を見たんですよ」
例えば、姉が「昨日夢で、タチバナさんが忘れ物を家まで届けてくれてね?」
例えば、通りすがりのサラリーマンが「タチバナさんは今日もそこを歩いていたよ、夢の話だけどね」
そんな例えばが、ここ半年ほど続いているらしい。
「タチバナなんて奴、俺はぜんっぜん知らないのにさぁ…!」
それでもまだ、気味の悪い偶然だと、所詮は夢の話だと言い聞かせることができていたのだ。
「だけど、この間お袋が『タチバナさんがあんたのこと見つけたよ』って」
遠くで見ていた意味の分からない生き物が、ギョロリとこっちを向いた。
そんな、薄気味の悪さだった。
タチバナさんに見つかった自分は、この後どうなってしまうのか。
だから彼は、人の夢が怖いらしい。
▪️▪️▪️
その後も、何度か顔を合わせることがあった2人だが、ある日を境にそれも無くなってしまった。
彼が意図して自分を避けていることに気が付いた黒里は、なんとなくその理由が分かってしまった。
夢の結末は、終ぞ聞けぬままだ。
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