第7話「歩いてくるもの」
「向こうから歩いてきたら一番怖いものは何か」
大学のイベントの打ち上げの、他愛もない会話の一つだったはずだ。
いかにしてその話題に至ったかは定かではないが、飲み屋の隅の方でなんとなく固まっていた黒里含む数名は、思い思いに「怖いもの」を口にする。
「無難に不良とかだろ」「通り魔」「この間の夜ホームレスのおっちゃんとすれ違った時はびびったなぁ」「ピエロ」「何それ、」「映画とかでさ、あるじゃん?」「黒里は?」「…野犬?」「あー、この間大学の近くで騒ぎになってたよな…って現実的か!」
「じゃあ、テケテケ」
「なんて?」
「…じゃあ。、、、さんは?」
一通り出し終えたところで、メンバーの1人がそう話をふる。
いきなり話しかけられる形になった女性は、口にしていたカシオレの入ったグラスを膝に置き、考えるように視線を斜め上に向けた。
明るい茶色に染めた髪を緩く巻いている可愛らしい普通の女子大生で、今回の打ち上げの席が初対面である黒里からしても、感じの良い女性という印象だった。
彼女目当てでこの席に留まっている物も何人かいるのだろう。
しばらく考えた後、彼女は「そうですねぇ」と前置く。
「白くてぶよぶよした何か、ですかね」
まるで、昨日の夕飯を答えているかのような声音だった。
「最初は白い服を着た人が歩いてるのかなぁって思ってたんですけど、」
「私もそっちに歩いてくにつれて、すっごいそれが大きいって気が付いたんですよ」
「しかもなんか歩き方が変っていうか…、こう、ぐわんぐわん揺れてるっていうか」
「べちゃっとか、ぐちゃっ、みたいな音が聞こえてきて」
「白くてぶよぶよの…、脂肪の塊みたいな生き物でした」
あっけらかんと締め括る彼女に対し、思わぬ返答をくらってしまった周囲は、冷水を浴びせられたように顔を引き攣らせていた。
「…へぇ〜。そ、それは、一番怖いね!ゆ、夢の話、とか?」
彼女に話題を振ったメンバーが、必死のフォローをするように精一杯の笑顔を作っている。
「ですよね!これ、私が今まですれ違った人の中で一番怖いなーって思ったものなんです!」
今度こそ全員が黙り込んでしまった瞬間だった。
すっかり酔いも覚めてしまった彼らが、その後の飲み会を楽しめたかどうかは、お察しの通りだろう。
「でも、何が1番不気味だったって、そのこがその後、ずっと微笑んだきり何も言わなくなっちゃったことだけどね!」
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