第6話「小さな箱」(※軽度の虫表現注意)
確か小学校…3年生、いや、4年生の最初だったかな?
それくらいの時の話なんですけどね?
―――
昼休みがもうそろそろ終わるって時に、教室の前の方で、すごい悲鳴が聞こえたんですよ。
えっ、て思ってそっちを見たら、クラスの女の子が大泣きしながら座り込んじゃってて、その足元に、小さな箱が転がってたんですよ。手に乗るくらいの、本当に小さな箱で、そう、正方形の。
で、その中に。…ああ、覗いてみたわけじゃなくて、落ちたはずみに中の物が出てきちゃって、それが見えちゃったって感じなんですけど。
………虫の羽がね、箱いっぱいに入ってたんですよ。
蝶とか、とんぼとか、カナブンとか…とにかく色んな種類の虫の、羽が、小さな箱からあふれるくらい、びっしりと。
多分女の子の様子を見るに、その箱を知らずに開けて中を見ちゃったんだと思うんですよね。
そりゃあ泣いちゃいますよ、遠目で落ちてるのを見た僕だって、うってなったんですもん。虫が苦手とかそうじゃないとか関係なく、生理的に無理ですよ。あんなの。
それでまあ、その日は雨で教室にはほとんどクラスの全員がいたんで、皆もそれを見ちゃったから、女の子を中心に、軽くパニックになっちゃって。
…その後すぐ先生が騒ぎを聞きつけて場を収めてくれたんですけど、当の本人は落ち着くのに時間かかりそうだったから結局保健室で少し休もうってなって、僕、保健委員だったんで、その女の子と、その子と仲のいい子と、…これだと分かりにくいですよね。そうだな、じゃあ、箱を開けた女の子をAさん、その子の親友をBさんとして、僕を含めてその3人で保健室まで行ったんですよ。
だけど、保健室に誰もいなくて、Aさん一人残して帰る訳にもいかないから、3人で保健の先生が帰ってくるまで待つことになったんです。
天気も悪いし、電気つけてても保健室はどこか薄暗くて、Aさんは泣き止んではいたんだけど黙りこくっちゃってて、誰も何も喋らないから、すごい気まずくて。
耐えかねた僕が先生を探しに行こうとしたところで、Aさんが、突然言ったんです。
「あの箱、家にも出るの」って、
「出る」っていうのが変な言い回しだなって思ったけど、何か悩みがあるのかもしれないと思って、二人でAさんの話を聞くことにしたんです。
「…出るって?」
「最初は、リビングの…」
一度目は2年前にリビングのテーブルの上に、二度目は去年自分の部屋の机の上に。そして今年は五時限目の教科書を出そうとしたランドセルの中に。
毎年一回、Aさんの目の届く範囲に、あの箱が置いてあるらしいんですよ。
だけど誰が置いたのかは分からない。今回にいたっては朝見た時には何も入ってなかったのに、
…でも、それよりも、僕が気になったのは。
「…毎回、あれが入ってるの?」
Aさんは首を振って。
「足と、目」
そう言ったっきりまた黙り込んじゃって、
僕の方はというと、彼女の言った足と目という単語に、さっきの箱の中身のようにびっしり敷き詰められた統一性のない昆虫の体の一部を想像しちゃって、…思わず黙り込んじゃって。
Aさんを挟んで向こう側にいたBさんと、多分同じ顔してたと思います。
雨が窓を叩く音しかしなくて、保健室はさっきよりしんと静まり返って。
だから僕、何か言わなきゃって思ったんですよ。
「…嫌な、いたずらだね。お母さんとか、お父さんには言った?」
Aさんはまた首を振って。
「…『もう二度と、そのことには触れるな』って、」
その後すぐに保健室の先生が戻ってきたから結局その話はそれで終わっちゃったんですけど。というかその後Aさんは転校しちゃって、その小さな箱のことはもう何も分からなくなっちゃったんですけどね。
あの時感じだ正体の見えない気味の悪さは、きっと一生忘れられないですね。
…ああ、でも、一番ぞわっとしたのはその数年後で…僕とBさん、中学校でも同じクラスだったんですけど、ある日、言われたんですよ。
「そろそろ全部揃っちゃう頃だよね」
って。
―――そういうことが、昔あったんです。そういう話です。
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