第4話「覗く」

事の始まりはある1件のDMだった。

オカルトライターとかいう胡散臭くて笑ってしまいそうな肩書きの僕の元に送られてきたのは、例にも漏れず「そういう話」の相談とのこと。

直接話がしたいということで、その日僕が向かったのは大手ファミリーレストラン。時計の針はお昼にはまだ少し早い場所を指している。


「まずは、これを見て欲しいんです」


自己紹介もそこそこにそう言って相談者の男性が茶封筒から取り出し差し出してきたのは、一枚の写真で、


「……どこかの暗がり、ですか?…隙間…?」


映っていたのは建物…いや、棚と棚の間か?暗闇の中にかすかに浮かび上がる何かの隙間であった。確かに意味が分からないという点においては不気味な写真だが、わざわざ相談するほどの代物だとも思えなかった。

写真を上から下から裏から…としげしげと眺め男性の方を窺う、彼は少しだけ諦めた様子を見せながら小さく息を吐いていた。


「……何も、見えませんか?」

「何も…とは、」

「……………………………………」


覗かれてるように、見えるんです。


長い沈黙のあとだった。この写真に、正確に言えば写真の隙間から、時折覗かれているように感じる時があるのだという。

彼が言うに、周りの友人にも見せてみたのだが、皆一様に僕と同じ反応だったという。

どこに相談していいのか分からなくなったところで、ある雑誌のコラムで僕が書いた怪談お悩み相談コーナーが目に入ったそうだ。

そういえば以前そんな仕事を受けたこともあったなと思い返しながら、申し訳なさそうな、覇気のない顔を見返した。


「…分かりました。僕の方でも少し調べてみます」


笑いかけ、知り合いの神社や霊能者の連絡先をいくつか書いたメモを渡す。気休めにしかならない対応だったが、それでも男性はほっとした様子でお礼の言葉を口にしながら去って行った。

その姿を見送り、頬杖をつくと一息つく。


「(でもまぁ、今回は本人の精神的な問題な気がするけど)」


すっかり氷も溶けてしまったお冷を飲みながら、メニュー表を開いた僕は、そうたかをくくっていた。


―――


1か月後。

『やっぱり、あの写真がずっと覗いてくる気がするんです』

『神社にも相談してみたんですけど、何も変わらなくて…』


―――


2か月後。

『最近は、いたるところから視線を感じる気がするんです』

『ずっと見られてる気がして、』

『いろんな隙間から、目が、』


―――


3か月後。

『助けて、視線が、目が、覗いて、どうしよう目が、』『どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう』『目が、覗いてる目が、目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa』


―――


?か月後。

『お久しぶりです。またお会いできませんか』

 

―――


何度こちらから連絡を送ろうと、意味のある返信が帰ってくることは無かった。

他の連絡先は、知るはずもない。

DMが途絶えて、どのくらい経った後だろうか、最初に送られてきたものよりずっとあっさりとしたその文に、それでも気味の悪さをこらえて同じファミレスに向かったのは、多少なりとも関わってしまったことへの責任感か、それともぬぐいきれない好奇心か。


先にファミレスで待っていた男性は、別人のように明るい笑顔を浮かべていた。


「いやぁすみません。何度も呼び出してしまって…」

「…いえ、あの…」


その、大丈夫でしたか?

抽象的な問いだ、だけど、男性は一瞬きょとんとした様子を見せ、すぐにおおげさな程頷いた。「いやぁ、あれね、あはは…いやぁ、実はあれ、私の杞憂でして…」

そう言って男性は、まんざらでもない様子で笑っていた。


「目がね。合ったんです」








その日を最後に、今度こそ男性からの連絡は途絶えた。

だから僕は今。



その男性名義で送られてきた茶封筒の中身を、確認するべきか決めあぐねている。

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