第3話「田中君の家」
「そういやあの頃時肝試し行ったじゃん?あそこもう一回行こうよ」
言いだしたのは誰だっただろうか、それは中学校の同窓会での出来事で。
車で来たため烏龍茶ばかりを頼んでいた黒里は、もつ煮をつついていた手を止めて、発言者の方へと目を向けた。
宴も終盤、すっかり出来上がっている彼は複数からの視線を浴びつつ「ほら、あそこ、あそこだよほら、」と身振り手振りをするが残念ながら何一つ情報は得られない。
だが、黒里には心当たりがあった。
「……ああ、学校の、西の方にあった廃墟?」
「そう!そうそうそう!そこだよそこ!」
さっすがオカルトマニア!よっ!と野次が飛ぶ。
この酔っ払い達は行動力がすごいようだ。場所が分かると飲み放題のラストオーダーを待たずにそこに突撃してみようという流れになる。もちろん足に使われる黒里は強制だ。
名残惜しそうに刺身を一口放り込んでから、黒里は席を立った。
▪▪▪
学校近くのパーキングに車を止めた黒里一行は、まずは懐かしの母校へ向かった。
黒里は居酒屋でのテンションをそのままに騒ぎ立てる同級生たちの少し後ろを歩きながら、近所の人に通報されなきゃいいけど…と他人事のようなことを考える。
かつての学び舎の前に到着すれば、先に出ていた他の車のメンバーが既に待っていた。
学校の街灯に照らされた桜はもうずいぶん緑が増えている。
春特有の生ぬるい風が頬を撫でていった。
全員揃ったところで、廃墟には行かずにこのまま学校を探索しようという声もあがったが、最初に肝試しに行こうと言い出した当人が譲らず、結局二手に分かれて学校、廃墟へ向かうことになった。
当然黒里は廃墟側である。
学校の西側、15分程歩いたところにその廃墟はあった。
廃墟といっても普通の民家で、空き家ばかりになってしまったひと昔前の住宅街の、その中でもとりわけボロくて雰囲気のある奥の家が、いつしか学生たちの間で心霊スポットと噂されるようになったというだけの話だ。
確か、あの頃は何と呼ばれていたか…。
「『田中君の家』だっけか」
あまりのタイミングの良さに黒里は思わず声のした方、斜め前を歩いていた同級生のことをまじまじと見てしまった。
それに気が付いたのか、同級生が振り向く。比較的酔いの回っていない視線とかち合った。
「今から行くとこの名前だよ」
「…ああ、うん。多分そんな名前だったね」
少しだけ歩幅を大きくして同級生の横に並び、「なんでそんな風に呼ばれてたんだっけ」と続ける。
「さぁ、知らね。お前のほうがこういうの詳しいじゃん」
「ごもっとも」
はは、と誤魔化すように笑った傍ら、なんでだったかなぁと黒里は考える。だが、思い出さぬうちに例の家に着いてしまった。
本来空き家といえど無断で侵入するのは大変よろしくないことだ。だが、酔っ払いの彼らにそんな理性は残っていないし、黒里に至っては常習犯である。
鍵のかかっていない玄関の扉は、かわいそうになるほど軋んだ音をたててゆっくりと開いた。
スマホのライトで照らしながら、ぞろぞろと中に入っていく。
黒里もまた最後尾に続いていった。
家の中は不思議なことに、以前肝試しに来た時とまったく変わっていないように思えた。家具はまるっと置きっぱなしになっていて、まるで人だけがいなくなり朽ちていったかのような室内。
蜘蛛の巣を払いのけながら各自ばらけて家の中を探索している。
黒里がリビングに足を踏み入れたところで、先に入っていた先ほどの同級生が「あ、」と短く声をあげる。彼のライトが照らしているのは、転がっていた黒いランドセルだった。
「思い出したわ」
「え?」
「なんでここが『田中君の家』って呼ばれてたのか」
「俺らの学年でさ、行方不明になったやついるじゃん?そいつ、ここでいなくなったんだよ」
「で、そいつの名前が」
「あれ、田中二階行くの?」
廊下から聞こえてきた声に、黒里の体は反射的に動いていた。
階段の手すりに手をかける、二階の一室に入っていった後姿は、たしかに肝試しを提案した彼で、
後から追いついた黒里はその部屋の扉を勢いよく開く。そこは子供部屋だった。
そこには、卒業アルバムの個人写真のように撮られた男子生徒の写真が、机中にちらばっていた。
田中君の行方は、未だ知れない。
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