第2話「人面」
その日僕が訪れたのは「人面樹」の噂がある、柿の木の前だった。
そこそこな枝ぶりのそれをまじまじと見ていると、「人面樹を見に来たのかい?」と後ろから声が投げられる。
振り返れば、散歩中に声をかけてきたらしい老爺が、人のよさそうな笑みを浮かべていた。
「…えっ…と、有名なんですか?この木、」
一瞬不審者と間違えられたと身を固くしてしまったが、「人面樹」という単語に肩の力を抜く。
実は地方の伝承、民俗学について調べているのだと説明すれば、学生か何かだと勘違いしたのだろう、老爺は納得したように大きく頷いた。
「やっぱり。有名かどうかは知らないが、たまに来るんだよ、あんたみたいなもの好きが」
はははと老爺は笑う。
話好きな地元民に出会えたのは運が良かった。上手くいけばこの木について詳しいことが聞けるかもしれない。
「どこが顔か分かるかい?ほら、あそこ」
指さされた先、幹の丁度中心部分を見れば、確かに瘤や影の具合でそこには顔があるように見える。だが、
「ここには昔、寄り合い所があってなぁ」
僕が口を開くより先に、老爺がぽつりともらす。少しだけ、遠くを見るような声だった。
確かに、この柿の木は家一軒ほどの空き地の片隅に植わっていた。
「ある日向かいの家の坊が行方知れずになってなぁ」
「それからだよ、『柿の木に人の顔が浮かんでる』って噂になったのは」
「そのうち、ここには誰も寄り付かなくなってなぁ」
風が吹く。
「そこの顔、向かいの坊にそっくりなんだよ」
柿の木を見れば幹はのっぺりとしていて、顔はおろか瘤の姿も無い。
代わりに、枝いっぱいに実った柿の木が、老爺の顔をして笑っていた。
風に揺らされて、ケタケタ、ケタケタと。
今にも雪が振りそうな曇天の、正午過ぎの出来事である。
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