黒里怪談

文生月ふみ

第1話「会談」

「気が付いたら誰か増えてる、誰か減ってるって、怪談でいえばベタな展開ですよね」


助手席からそう声が聞こえてきたのは、取材帰りの最中、ある峠に差し掛かった辺りでのことだった。

長距離運転のお供であるコーヒーを口に含みながら、黒里がちらりと視線をやると、そこには夜食と言って買ったおにぎりの包みに苦戦している後輩の姿があった。

ハイビームのヘッドライトだけが自分たちの行く道を照らしている、今日は月も星もない夜らしい。残ったコーヒーの苦みを口の中で転がすと、黒里は話題を広げるべく口を開く。


「そうだねぇ…。それこそ児童書で書かれるような怪談レベルのベタさだよね。でもまあ、だからこそ番人に伝わる怖さともいえるというか…。」

「違和感、ってことですよね」


今度は自分のすぐ後ろの席からだった。先ほどまで寝ていたような声が聞こえる。


「そこにあるはずのないもの、そこにあったはずのもの、そういう違和感。理解できない何かが恐怖の源…ですもんね」

「『人は理解できない状況に面したとき、好奇心を感じるか、恐怖を感じるかだ』だっけ、」

「そうです。…でも、その違和感にだって、気が付かなきゃ、意味ないですよね」


伸びすぎた木の枝が車体をこするようにぶつかってくる。会社の車だからとそこまで気にしてはいないが、音に少しだけ肩をゆらした。

行きも通ったはずの一本道は、夜というだけでその相貌を随分と変えている。

あんぐりと口を開けてこっちを飲み込もうとする暗闇。これもまた、恐怖の一つだ。


一瞬、少々?外に気を取られていた黒里は、後輩の言葉を半分も聞けていたなかったことを素直に詫びる。

後輩は、気にしてませんというように笑い声を漏らした。


「気が付かなきゃ、怖いもくそもないですよねって、話です。」

「違和感に気が付かない……ってだけで、私たちの周りには意外とそういう奇妙なことが沢山起こってたりして、」


くすくすと助手席の後輩の笑い声が聞こえる。

そういえば先程からずっと、備え付けのラジオの音が聞こえない。

山道だから電波が悪いのだろうか。


「見えないから、聞こえないから、気が付かないから、恐怖を覚えないから助かったって怪談もごまんとありますけど。…逆だってきっとありますよね、」

「そういえば先輩、四隅の怪って知ってますか?」

「雪山に遭難して――から始まる怪談だよね。部屋の四隅に三人それぞれが座って、」


―――自分の左斜めの後部座席から飛んできた声は、そうですそうですと頷いている。



不意に、黒里はブレーキを踏み込んだ。

大きく揺れ動いた車内で、黒里は何事も無かったかのようにラジオへ指を這わせボタンを押し込む。

すると、ラジオもまた先ほどまでの沈黙が嘘のように、何事もなかったように歌謡曲を歌いはじめた。


音量を最大にすると、再び車を発進させる。

おもむろにビニール袋を漁り、手に取ったおにぎりの包みをハンドルを持ったまま慣れた手つきで開けていく、

齧れば中身はツナマヨだった。


――――そういえば、今日の取材は僕一人だったなと、

おにぎりをもう一口ほおばりながら、黒里はぼんやりと思い出していた。




食べかけの鮭おにぎりが、助手席に転がっていた。








「…僕の夜食だったんだけどなぁ」

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