深夜に散歩をしていたら、魔女と出会ったお話

嬉野K

「こんな夜中に出歩いてたら危ないですよ」

「それをあなたが言う?」


 深夜……散歩のために出歩いていると、とある女性と出会った。こんな夜中に人と出会うのは珍しくて、なんとなく声をかけてみた。


 なんとも美しい女性と出会ったものだった。短い黒髪と妖艶な表情。月明かりに照らされた彼女は、なんだか人間じゃないみたいだった。


「あなたも危ないわよ」女性は言う。「こんな夜中は、危ない存在と出会ってしまうかもしれないから」

「それをあなたが言いますか?」

「私はいいのよ。人間じゃないもの」

「……?」

「そうねぇ……魔女とでも言っておきましょうか。とある事情で死ぬことも老いることもできない、魔女よ」


 魔女……その話が本当だろうが嘘だろうが関係ない。


「ねぇ」彼女……魔女さんは言う。「こんな夜中にどうしたの? もう深夜と言われる時間帯よ」

「散歩ですよ」

「目的地は?」

「地獄ですかね」

「あら……面白いことを言うのね」

「……そうですか? 別に地獄を目指しての散歩なんて、今どき珍しくもないでしょう」


 自殺者数は常に多い。死んでしまいたいと願っている人は、一定多数いるのだ。そして実際に行動に移す人もいる。私もそのうち一人だというだけ。


 悩みを抱えている現代人は多くいるのだ。まぁ、不老不死の魔女さんには共感できない話かもしれないが。


「その地獄は……どこから行くの?」

「そうですね……私は海が好きなので、そこから行こうと思います」

「ふぅん……そう……」魔女は私の目をじっと覗き込んで、「ねぇ……あなた、私の散歩に付き合ってくれないかしら?」

「……」いつもなら断っているけれど、「いいですよ。どうせ、やることもないですし」


 私の残された仕事は、海で限界まで泳ぐだけだ。それ以降の仕事なんて、全部なくなる。

 それに、魔女と一緒に散歩なんて面白そうだ。この魔女さんは、いったいどんなコースを散歩して、どんなことを喋ってくれるのだろうか。

 

 そのまま、魔女さんは歩き始めた。


「どこに行くんですか?」

「さぁ……どこかしら。適当に歩いて、終わりよ」

「目的地はなし、ですか」

「そうね。もう300年近く生きてるし……目的のない散歩なんて慣れてるわ」


 300年……本当だろうか。だとしたら、とんでもない人と会話してることになる。しかしまぁ、嘘だろうな。この世に不老不死なんて存在しない。そんな面白い話は、ないのだ。


 しばらく、私は魔女さんと歩き続けた。

 

 夜の散歩は、気持ちが良かった。風が冷たくて月明かりがきれいで、ときどき街灯に照らされて……なんだか感傷的な気分になった。


 そして、その散歩が30分くらい続いた。


 そこで私は言う。


「……なにも喋らないんですね」

「あら……? 喋ったほうがよかったかしら?」

「いえ……ただ、意外でした」

「意外?」

「はい……大抵の人は、私が死にたいとか言ったら慰めてきますから」

「慰めてほしかったの?」

「まさか」慰められても心なんて休まらない。「心配してくれてるのは伝わるんですけど……どうにも私には届かない。私が薄情者だから、ですかね」


 彼ら彼女らは、私を慰めようとしているのだ。若い私がムダに命を散らさないよう、助けようとしてくれているのだ。だから彼らは悪くない。じゃあ悪いのは、私なのだろう。


「他に聞かれることといえば……どうして自殺なんてしようと思ったか、とかですね」

「そうやって聞いてほしい?」

「いいえ」語る気もないし、「……自分でもよくわからないんですよ。ただただ……目の前のことが苦しいんです」


 ずっと苦しかったし、苦しいし、これからも苦しいのだろうと思う。他の人たちは楽に生きているようにみえるのに、私だけが苦しんでいるように見える。

 しかしそんなことはありえない。私以外の人も相応の苦しみを抱えていて、それを隠して生きている。私は弱いから、苦しさに耐えられないというだけ。


「ふぅん……」魔女さんは興味があるのかないのか、「あなたと話した人は、どんなことを喋るの? どうやって、あなたの説得をするの?」

「そうですね……まだ若いから未来がるとか、もっと苦しんでる人がいるとか、いつか必ず、その経験を活かせる時が来るとか……別にその考えが間違っているとは思いませんけど、私には響かないんですよね……なんででしょう」

「そうねぇ……」魔女さんは少し考えてから、「あなたが求めているものと違うから、じゃないかしら」

「……魔女さんは、私が求めてるものがわかるんですか?」

「わからないけれど……推測を話すことくらいできるわ」


 推測……私自身もわからない私の心。魔女というくらいだから、人の心も読めるのかもしれない。


「じゃあ教えてください。私は、なにを求めてるんですか?」

「今を楽に生きること」

「……?」

「あなたと出会った人は皆、未来を語るのよね」若いから未来があるとか、将来に活かせる経験だとか。「でも……あなたはそんなことを相談してるわけじゃない。未来になれば悩みが解決することだってわかってる。今あなたが言ってるのは……今が耐えられないと言ってるの」

「今が……耐えられない……?」

「そうよ。ただそれだけ」そこで魔女さんは足を止めて、私を見た。「未来について悩んでいても、将来が不安でも……悩むのは今の自分でしかない。命を諦めてしまうのも今の自分。なのに大人は未来を語る。今を助けてほしいと言っているのに、未来は大丈夫と言ってくる……そんなんじゃ、響くわけがないのにね」

「……」

「大切なのは、今なのよ」なんだか、すべてを見透かしているような目だった。「今が苦しいなら、さっさと逃げてしまいなさい。未来なんて、どこに行っても存在するありきたりなもの。でも……今この瞬間は、この場所にしかない。大切にすべきなのは今だけで、未来なんてどうでもいい」


 未来なんて、どうでもいい。大切なのは、今。なのに大人は未来を語る。今を苦しむ子供に、未来の希望を見せようとする。そんなことは無意味なのだ。


「……魔女さん……」

「なに?」

「嫌なことからって、逃げていいんですか?」

「もちろんよ。立ち向かってもいいし、さっさと逃げちゃってもいい。立ち向かってみてダメだったら逃げてもいいし、逃げてみて暇になったら戻ってきてもいい。その時の気分で、さっさと決めちゃえばいいの。逃げた先にも道はあるわ」

「……なるほど……」逃げても立ち向かっても、どっちでもいい。どっちにも道はある。「……面白い話が聞けました……ありがとうございます」

「こちらこそ。あなたとの会話、楽しかったわ」本当だろうか。本心が読めない人だ。「最後にもう一回聞くわ。あなたは、こんな夜中に何をしているの?」

「散歩ですよ。目的地は……」少しばかり悩んでから、「そうですね……あなたの家とか、どうです?」

「私の家?」

「はい。ちょっと世間から離れたところに逃げたい気分でして……魔女の家なら、現実からは切り離された場所にあるんでしょう?」

「どうかしら……」それから魔女さんは、また歩き始める。「じゃあ、私は行くわ。ついてきたいなら、ご自由に」

「そうさせていただきます」


 そんなわけで、私は魔女についていくことになった。私のやるべきこととか知り合いとか仕事とか学校とか、すべてを捨てて逃げることにした。


 この選択が正しかったかどうかなんて、わからない。本当は立ち向かうべきだったのかもしれない。


 だけれど……今の私にはこの選択しかできない。死んでしまうよりは、マシだと思えた。


 それに……魔女の家がどんな場所なのかが気になる。飽きたら逃げ出せばいい。それくらい気楽に、これからは生きていきたいと思う。

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深夜に散歩をしていたら、魔女と出会ったお話 嬉野K @orange-peel

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