この丘を胸に

天城らん

まぶしい明日


 真夏の深夜2時。


 体にまとわりつくような熱を帯びた空気に、何度寝返りを打っても眠れなかった。


 眠ろうとすればするほど、次から次へとこれから起こることへの不安ばかりが頭に浮かんでくる。

 

 一晩眠れば、そんな気持ちも少しは落ち着くだろうが、マイナスの思考は今晩に限っては蛇口が壊れたかのようにあふれだして止まらなかった。


 僕は、焦燥感に駆られこっそりと家を出た。


 すべてが寝静まった時刻だと言うのに、闇が僕の背を引くような気がする。

 

 それを振り切るように、ただひたすらに歩いた。

 次第にその歩みは、速度を増し駆け足になる。


 僕は、流れる汗をぬぐいもせずに前だけを見て走った。

 

 坂があったが、気にせず進む。 

 

 止まれば悪い考えにつかまってしまいそうな気がしたからだ。

 

 僕は頭を振ると、てっぺんを目指し一気に駆けあがる。


 すぐに自分の心臓の音と、呼吸音しか聞こえなくなった。



 荒い息でたどり着いたのは、湖の見える丘の上だった。


 夜風が火照った僕の体をやさしく冷やしてくれる。


  *


 世界で自分の腕を磨くことは、ずっと僕の夢だった。


 そして、待ち望んできた海外留学へのチャンスの話が舞い込んできた。

 最初はひどくうれしかった。

 しかし、いざその日が近づいてくると足がすくんできた。


 自分は見知らぬ土地で一人でやっていけるのだろうか?


 自分には何の才能もないことを思い知らされ、打ちひしがれてすぐに帰ってくるのではないか?

 

 そうしたらもう、夢は見れない。

 

 そんなことを考え出したら止まらなくなった。


 *


 そうして、丘の上に立つと眼下に星を映した美しい湖があった。



 星の瞬き、


 林を抜ける風の音……。


 それらに耳を傾け、瞬く星と湖面をずっと眺めた。



 次第に、星が朝日に溶けはじめた。


 静かに、静かに……。


 そして、まぶしい朝日が昇った。


 *


 迷うとき、

 立ち止まるとき、


 この丘を思い出そう。


 星が朝日に溶けていくように、


 僕の心も軽くなる。




    E N D

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この丘を胸に 天城らん @amagi_ran

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